一輪の廃墟好き 第12話~第14話「言葉遣い」「昭和なラーメン屋」「探偵の習性」

一輪の廃墟好き

「おい未桜、事務所で見せたご自慢の紅白ジャージになぜ着替えない?」

「別にご自慢じゃなきけれど、流石は一輪!良いところに気づいたね~♪褒めてつかわす。実はぁ、さっきジャージを取り出そうとリュックを開いたらぁ、寝巻きがないことに気づいちゃったのよね~。だからジャージは夜用にとっておこうと思ってさ」

「忘れたのか…この民泊に浴衣は無いみたいだからそれは構わないが、豆苗神社までの道のりで怪我しないようにしてくれよ」

「は~い、くれぐれも怪我しないよう注意しまーす♪」

 本当に呑気な奴だ。

 繰り返しになるが豆苗神社は今や無人の廃墟と化している。
 だからこそ、廃墟好きの僕としては非常に興味をそそられ、遠路はるばる訪れることとあいなったわけだけれど、廃墟ゆえに森の中に在る豆苗神社までの道は、草木が生い茂り荒れ果てていることが予想され、ワンピースという軽装では危険極まりないと思われるのだ。

 因みに僕は普段着から登山用のスタンダードな服装へ様変わりしている。

 部屋を出て急勾配の階段をゆっくりと降り、玄関で未桜共々靴を履き終えると、僕は廊下の奥の部屋に居るであろう老婆へ向け声を張って伝える。

「参ノ間の荒木咲です!夕方まで外へ出かけてますのでよろしくお願いしま~す!」

「………..ふぁ~い。お気をつけてぇ」

 だいぶ反応が鈍かったけれど、どうにか伝わったようなので良しとしておく。

 しかしこの民宿に予約の電話を入れた時は、声からして40から50代の女性が対応してくれたのだけれど…
 僕は玄関を出ると少し考え、井伊影村に来るまでに休憩無しのノンストップで来たため、予定より三十分くらい早く到着したことを思い出し、予約の対応をしてくれたあの女性はたまたま留守にしていたのだろう、と取り敢えず結論づけることにした。

「ねぇねぇ一輪、腹ごしらえするって言ってたけれど、こんなところに飲食店なんかあるの?」

 公衆の面前でなんということを!

「こらこら、田舎を愚弄するような発言は慎めよ」

 僕は未桜と目線を一旦合わせ、彼女の死角の方向へ視線を流して見るよう促した。

 未桜が目線を移した場所には幼児だろうか、五、六歳くらいの男の子が彼女をキッと睨み立っていた。

「ブス、ブ~ス!田舎を馬鹿にするくらいならわざわざ来るなよな」

 ブスは酷いがあとはごもっとも。

「ごっ、ごっめんなさーい。悪気はなかったのぉ。だから許してください」

 未桜が恥ずかしがらずに頭を下げた。

「ふん!次から言葉遣いに気をつけろよ~」

「うん!気をつける~」

 未桜の実直な謝罪を汲み取ってくれたのか、歳の割にしっかりした口調の男の子は、その場からあっという間に走り去ってしまった。

「ふぅ、冷や冷やしちゃったぁ。言葉遣いには気をつけないと駄目ねぇ」

「ああ、君は声が大きいのだから特に気をつけてくれ。それと、飲食店の件だが下調べは既に済んでいる」

 僕は勝ち誇ったように一軒のラーメン屋をビシッと指差した。

 今更云うのもなんだけれど、今夜僕達の泊まる民宿むらやどは、村の中心部を横断する安楽川(やすらがわ)沿いに建っている。

 僕が未桜へ知らせるため指差したラーメン屋は、民宿むらやどを左手に見て、村で唯一アスファルト舗装されている道路を真っ直ぐに一分ほど歩いた場所に在った。

 入り口前まで歩き着き店の戸の上部へ目を向けると、どストレートに「ラーメン屋」と書かれた古く錆びれた看板が掛けられている。

 店名に捻りはないが歴史と渋さを醸し出していた。

 曇りガラスの張られた引き戸を開けると、民宿の玄関と同じように「ガラガラ」とした音が響く。

 店内は古臭さがあるのは否めないけれど、都会でもまだ見かける個人経営のラーメン屋とほとんど変わりない印象で、厨房に沿ったカウンター席に四、五人が座れるような席があり、他に二人用の席が二組み並んでいる。

 昭和の香り漂う空間という表現が最も適切かも知れない。

「らっしゃい!お好きな席に座ってください」

 店内に足を踏み入れるや否や、厨房に立つ如何にも大将風な店主が元気な声で迎えてくれた。

 都会のレストランなどで可愛い女性店員が迎えてくれるのも良いけれど、たまには気合いを感じるような男の張りのある声で迎えられるのも乙なものだ。

 僕は未桜に目配せして二人用の席を迷わず選択し、顔を突き合わせられる年季の入った木製の椅子に腰掛けた。

 日本人の三代欲求の一つである「食欲」に誘われ、僕と未桜は壁に掲げられた手書きのお品書きに早々と目を通す。

「ど、れ、に、し、よ、お、か、な、か、み、さ、ま、の、い、う、と、お、り、えっ!?」

 未桜が突如として始めた神頼みで選択されたのは、ラーメン屋では余りお目にかかったことのない「豆苗ラーメン」であった。

「と、豆苗ラーメンかぁ…う~ん、よし、決めた!私は『チャーシューメン』で」

 初めからそうしろよ。

 たったこれだけのために呼び出された神様の時間を返してやれ。

 とも思ったものだが、腹の減った状態でヒョロ長い豆苗を目の前に出されてもなぁ…

 しかしそう考えると、豆苗ラーメンなるものがメニューに存在すること事態が不思議なのだけれど、よほど豆苗好きな地元民からリクエストでもあったのだろうか…
 いや、ひょっとしたら予想に反してめちゃくちゃ美味しいのではないだろうか…ここは一つ注文してみるのも一興かも知れない!

「よし…じゃあ僕もチャーシューメンで。ついでにライスと餃子も頼んでおくか」

 寸前で本能的チャレンジャー精神が身を引っ込めたのであろう。

 僕の口をついた言葉の中に「豆苗」という単語は微塵も混ざっていなかったのである。

 だって冒険以外の何ものでもないじゃないか!


 僕は厨房で料理の下拵えをする店主に注文し、スマホを上着のポケットから取り出し時間を確認する。

 スマホの画面には11:32と表示されていた。

 廃墟探索にどれほど時間がかかるかは分からないけれど、ここまでは立てていたスケジュール通りと云って良い。

 普段は外で食事をする際は、注文を済ませ料理が届くまでの隙間時間はスマホをで使って費やす。

 だが折角遠方まで足を運んだのだから「一期一会」を大事にし、出来る限りこのラーメン屋のことを記憶に留めようと、僕はキョロキョロして店主に不快感を与えぬよう配慮し店内を隈なく眺めることにした。

 パッと眺めてすぐに僕の目を引いた物が、店内の片隅に置かれた本棚に並ぶボロボロの少年漫画雑誌。

 某超有名週刊漫画雑誌の背表紙には、発行した年が西暦で表示されているのだけれど、本棚に並べられた雑誌の背表紙には「1991年」の文字が印刷されていた。

 確か当時連載されていたドラゴンボー○が絶頂期の年代ではなかろうか。

 現在が2022年なので30年以上前に発行された雑誌ということになる。

 古い、鬼のように古すぎる…

 スマホの普及が原因か?などと一瞬だけ考えたけれど、初代スマホのiPhon○が発売されたのは2007年だから関連性は無さそうだ。

 他の可能性を頭の中で探っていると、カウンターの端でラーメンを食べていた無精髭の男が立ち上がり、ズボンのポケットからサイフを取り出しお金を払う姿が目に映った。

 探偵という特殊な稼業をしていれば、日頃から様々な人や物を注視する癖がついてしまう。

 男は30代半ばくらいだろうか…その雰囲気と格好から井伊影村の人で無いことだけは判断できた。

 「ご馳走さん」と男は店主に向かって言うと、一切無駄の無いスムーズな動きで店内から出て行った。

 あの身のこなし、何者だろうか…

 まぁ考えてみれば、食い終わって店から出るまで無駄な動きをする客も少ないけれど、僕にそう思わせた男の動作はとにかく「普通」ではなかったのだ。

 僕の興味が余りにも古い漫画雑誌から店を後にした男へ移った頃、店主が両手に持ったラーメンのどんぶりを二つ運んで近づく。

「お待ちど〜、ご注文のチャーシューメン二つ。ライスと餃子も只今持って来ますので」

 店主は僕達のテーブルへラーメンどんぶりを置くと、カウンターに準備していたライスと餃子の二組も運んでくれた。

「ごゆっくりどうぞ」

 店主は皺だらけの顔に皺の数をさらに加え、素敵な笑顔を僕達に見せ厨房へと戻って行った。
 
「うわぁ美味しそう♪」

「…だな。ほれ」

 喜びながらスマホでラーメンの画像を撮る未桜に、僕はパンパンに詰まった箸立てからサッと割り箸を取り出して渡す。

「SNSに画像をアップするのは構わないが、余計なコメントは控えれくれよ」

「そんなこと言われなくても心得てますよ~♪」

 現在におけるネット上の情報量は間違いなく「異常事態」と言っても差し支えないだろう。

 例えば未桜が日常的にやっているインスタグラ○一つとっても、スマホがあり電波の届く場所であれば、いつでも気軽に全世界へ向けて情報発信できるわけである。
 
 情報が命の探偵としては、ネット社会の現状は情報源としての命綱であると同時に、危険因子を存分に含んだ爆弾であると言わざるを得ない。

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