魔界三大魔王の一人である羅賦麻が、リスクが高いことを承知の上で息子の亜孔雀を仙人界へ忍ばせた狙いとは一体何なのか?
それはこの世に一つしか存在しない「退魔の鎧」を奪取することであった。
退魔の鎧とはその名の通り、魔力を退ける特殊な仙力が凝縮された鎧であり、遥か昔、仙人界への侵略を試みた魔界の者達との大戦において、大戦を終結させるほどの決定的な力を誇っていた仙人界の英雄、琰季絶六法(えんきぜつろっぽう)が戦いの最中に身につけていた謂わば伝説の鎧なのである。
三大魔王がそれぞれ支配する国の戦力差はさほど無く、かなり拮抗した戦力であるが故に各国は隣国へ攻めいることを踏み留まっている状態であり、日々魔王達は自国の戦力アップに勤しんでいた。
つまり魔王羅賦麻は、自国の戦力アップをしようと模索する中で仙人界に存在する退魔の鎧に目をつけていたのである。手に入れたとして装備可能なのかどうかは別として…
ところで、不要かもしれないが敢えて付け加えるならば、退魔の鎧の所有者であり英雄であった琰季絶六法は、大戦終結後、鎧を脱ぎ捨て仙人界から姿を消していた。
嘘か誠か仙人界に伝わるその理由は、大戦の折に命を落とした仙王の代わりになって欲しいと周囲から懇願され、そういった地位や名誉などに興味の無かった六法はひたすら拒絶を繰り返し、執拗な懇願に嫌気のさした英雄は仙人界を出て行ってしまったらしい。
間違いなく云えるのは、紀元前より長きに渡って存在する仙人界において、歴代最強であった英雄の琰季絶六法は、仙人界の何処にも存在しないのである。
だが六法の身につけていた退魔の鎧は、現在の仙王の暮らす啼鳥園という場所へ確実に存在し保管されている。
保管といっても厳重な守備の下に保護されているわけでもなく、広い啼鳥園の片隅にある仙王大社という建造物の大部屋に、武士の鎧を飾るが如くお粗末な格好で飾られていた。
そして信じられないことに、純和風で煌びやかな大部屋に飾られる退魔の鎧の真前には、亜孔雀の手によって自我を失っている聖天座真如が立っていた。
もちろん真如の意思で此処に居るわけもなく、亜孔雀が霊蟲の能力を使い退魔の鎧を盗むよう仕向けていたのである。
確かに仙人界は平和ボケするほど平和であったが、仙人界の頂点である仙王の暮らすこの大社には仙王を警護する者が十人ほど存在している。
警護する者達は数こそ少ないものの、仙人界でもかなりの上位にランクする精鋭が配備されていた。
では真如が如何にして精鋭達の監視を掻い潜り、大社のほぼ中央に位置する大部屋まで侵入出来たのであろうか?
その答えは、仙人界でも唯一無二の特殊仙術、彼女の所有する仙器「透過元杖(とうかげんじょう)をもって発動させる「透明深化」にあった。
一度「透明深化」を発動すれば当人の身体は完全に透明化し、彼女の姿は着用する衣服を除き他者の目に映らなくなるのである。
だからこそ、彼女は大社で警備にあたる優秀な精鋭達の目を難なく潜り抜け、退魔の鎧が置かれている大部屋まで辿り着けたのだった。因みに彼女は今、一糸纏わぬ素っ裸であることも敢えて付け加えておこう。
透明人間の真如はまず兜を手に取り頭に被ると、鎧、籠手、脛当といった順に飾ってあった全てを身に纏った。
身体が透明化しているため、側から見れば鎧が宙に浮いている状態である。
真如は大部屋を出ると脱出するため一気に駆け出した。
「とおりゃんせ」という童謡の歌詞に「行きはよいよい帰りは怖い」というものがある。行く時は何事もなくうまく行くが、帰る時には恐ろしいことがおきそうで行くのがためらわれるなどという意味らしいが、それが彼女にとって現実となり窮地に追い込まれることとなる。
「あれは、退魔の鎧か?」
大社の外へ出るや否や、矢倉の屋根に座り周辺を監視していた精鋭の一人に見つかってしまった。
退魔の鎧が一人でに動いていれば、仙王専属の仙人でなくとも直ぐに気づかれてしまうのは必然であろう。
一人でに動くおかしな鎧を最初に発見した男の名は露星夜倶盧(ろせいやくる)。彼もまた、仙人界で生を受けた純粋純血の仙人であり、若くして(若いといっても百歳を超えている)仙王警備隊隊長を任される仙人界きっての実力を誇るホープであった。
「得体が知れねぇ…まずは隊員達に知らせておくか」
夜倶盧は冷静に現状を判断し、鎧を直ぐには追わず自己専用の仙器「蒼然弓(そうぜんきゅう)」を上空に向けて構え矢を解き放つ。
「バシュン!」
「パーン!!」
空を斬って飛んだ矢は間を置かずして軽い破裂音を立て、打ち上げ花火のように綺麗な火の粉を撒き散らした。
「これで良し。退魔の鎧を追うとしますかっ!」
夜倶盧は言葉尻を言い終えると同時に矢倉の屋根上から素早く跳躍する!
「ビュッ!!」
目にも止まらぬ速さで空を移動し!
「ズッザァン!」
あっという間に退魔の鎧の進行方向を塞ぐ地点に着地した!
なんと彼は、五十メートルはあったであろう退魔の鎧との距離を、たった一度の跳躍で零にしてしまったのである。
「ちょいと訊くがぁ、誰だお前?」
夜倶盧は怪しい退魔の鎧に躊躇せず尋ねたのだった。
「…………..」
退魔の鎧を素っ裸に直接纏う真如は黙して微動だにしない。
霊蟲の能力によって洗脳された彼女が己の意志で質問に答えること決してない。自由に思考することが出来ず、自我も失っているのだから当然といえば当然であろう…
「ちょっと触れてもいいかな?退魔の鎧君?」
問いに対する答えが返って来ない上、全く動かなくなった退魔の鎧を調べようと、仙王警備隊隊長の露星夜倶盧が手を伸ばす。
「フワッ…」
「おろっ?」
手が退魔の鎧に触れようとした直前、鎧は宙に浮いたまま後ろへ後退した。
あまりにも不自然な動きに夜倶盧は訝しんだが、突如としてただならぬ気配を直上に感じ目線を真上上空へ移す!
「なっ!?」
「ちっ!良い勘してるじゃねぇかっ!!」
「ズッガァーーン!!!」
どうやって空中から落ちてきたのかは分からぬが、上空から現れたただならぬ気配の正体は、真如を迎えに、もとい、退魔の鎧を迎えに出向いて来た亜孔雀であった。
背後や横からの不意打ちではなく、上空からという最も気付かれにくい不意打ちの攻撃は、ギリギリのところで避けられ亜孔雀の拳が爆音を上げて地面を抉った。
並の仙人ならば当たった攻撃であったろうけれど、やはり夜倶盧の戦闘に関する実力とセンスは群を抜いていたようである。
「おほ〜!まともに喰らってたら死んでたなぁ、たぶん。んで、お前は誰?」
「馬鹿か?オレは貴様と話すために此処に来たわけじゃない。退魔の鎧はもらっていくぞ」
亜孔雀がそう返して、魔力によって具現化させた鎖を退魔の鎧に巻き付ける。
「おいおいおい、変な顔した盗人さんよ〜。僕ぁこう見えて仙王直属の仙王警備隊隊長だ。目の前で仙人界の超貴重な代物を盗ませてやるほど間抜けじゃないつもりだぞ」
今の亜孔雀は城太郎の姿ではなく完全に悪魔の状態である。確かに亜孔雀の素顔はのっぺりしているが、こんな緊迫の場面で落ち着き払い他人を侮辱出来る者は、真の馬鹿か己に絶対的自信を持つ者くらいであろう、か?
無論、露星夜倶盧は圧倒的に後者であったが前者も若干混じっているのかも知れない。
カタカナで例えるなら夜倶盧は前人未到のナルシストであり、その容姿はスラッとした長身に女も羨むほどの美しい髪と顔をしている。亜孔雀の化けていた城太郎の姿も美青年だったけれど、夜倶盧の容姿はその城太郎をもってしても比較にならぬほど美しかった。
因みに、「カタカナで例えるなら」と云っておきながら、半分は四字熟語であったことは見逃していただきたい…
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