などと心の片隅にて切に、切に想うのですけれど、流石に本筋物語の中での枝分かれした物語を語る最中、更に別の物語を語るは愚の骨頂と云わざるを得ませぬゆえ、ここは自粛して『堕仙女』の話しを続けることと致しましょう…
「グァッグァッグァッ!老仙人!貴様の言うことはもっともだ!しかし心配には及ばぬぞ。魔界にはオレ様の全軍を預けられる優秀な右腕がいるからな。それより、仙人界に向かわせた我が息子の動きが気になってなぁ…」
と、息子と笑い声がそっくりな羅賦麻が言い終えると、こめかみに皺を寄せて恐ろしい眼光で亜孔雀を睨みつける。
「ちっ、父上…」
亜孔雀は誰が見てもすぐに分かるほど意気消沈し項垂れていた。
「雅綾爺よ」
「なんじゃ?府刹那爺」
「奴が三大魔王の羅賦麻であるということは、非常〜に残念な話しじゃが、老いぼれの儂ら二人ではちと荷が重すぎやせんかのう?」
「…確かにのう、じゃが踏ん張っておれば救援が来るんじゃなかろうか?ここは無様に逃げるより知恵を絞って奴らと戦ってみても面白かろうよ」
「カッカッカッ。相変わらず呑気な奴じゃて。じゃがそれでこそ我が好敵手にして親友というものよ。よっしゃ!命懸けでやってみるかのう」
「おうよ!相棒!血が激ってきたわい」
悪魔の親子とは正反対に、何故か盛り上がりを見せる老仙人の二人であった。
不愉快そうに羅賦麻が老仙人の二人を睨む。
「おい!老いぼれ仙人ども!可笑しそうに何をコソコソと話してやがる。この羅賦麻を前にして結構な余裕ぶりじゃないか?」
「…カッカッカッ。そうかい、お主には儂らが愉快気に見えたのかい。カッカッカッそうかいそうかいカッカッカッ」
羅賦麻から逃げず、戦う腹を決めた府刹那が吹っ切れて気が軽くなったかおかしくなったのか、府刹那はさも嬉しそうに高笑いしたものだ。
羅賦麻が亜孔雀を手招きし耳打ちする。
「…おい息子。奴らのことはオレに任せろ。お前は今すぐ人間の姿に戻り、例の任務を急ぎ達成できるよう知恵を絞って行動するんだ。いいな?」
「しょ、承知しました。父上、必ず、必ずや任務は果たしてご覧にいれます。そ、その暁には例の件を…」
「ん、あぁあれか…ふん、分かっておるわ。それよりウダウダしておれば仙人達が集まるやも知れん。とっとと此処を立ち去れ」
「…では」
悪魔の父と子のやり取りが済むと、亜孔雀は場を去り、羅賦麻は仁王立ちして老仙人の二人を見据えた。
「さぁて老いぼれ仙人ども!派手に殺し合いを始めようじゃないか!と言っても時間は与えてやらんぞ!」
羅賦麻が言い終えるや否や、身体全身から黒く禍々しい闘気が溢れ出した。
その凄まじい闘気を目の当たりにした二人の老仙人が意識せずとも息を呑む。
「ほえぇぇ、こりゃぁ、たまげたわい。息子の方も大したもんじゃったが、どう見積もっても比較にもならん」
「じゃな。最初から全力で飛ばさねばあっという間にやられてしまいそうじゃのう。ならばやったるわい!そりゃ喰らっとけい!最大重力百倍じゃぁぁぁぁぁっっ!!!!」
血管がブチ切れて倒れるのではないか!?などと心配になるほど首筋に力を込め血管を浮立たせながら吠える雅綾!
直後、羅賦麻の頭上に直径百メートルもの巨大でドス黒い球体が具現化された!
仙術の源は使い手の生命力、いわゆる魂を燃焼させたエネルギーによって発動させる。これだけの仙術を繰り出すことは当人の限界を遥かに超えており、正に命を削っての大技であって危険極まりない行為と云えよう。
だが雅綾はお構いなしに気合いを入れてもう一つ吠え、掲げた仙器の累重杓を腕が千切れるくらいに激しく振り下ろす!
「つぅえいっっっ!!!!」
重力とは、地球上で物体が地面に近寄っていく現象や、それを引き起こすとされる「力」。人々が日々、物を持った時に感じているいわゆる「重さ」を作り出す原因となる力。 物体が他の物体に引きよせられる現象。およびその「力」。
厳密には、地球との間に働く万有引力と、地球の自転による遠心力との合力ららしい…
万有引力にしろ遠心力にしろ、どちらにしても人の目には映らぬ不思議な力であると云えよう。
けれども、仙術によって雅綾が起こす重力は意識的に色をつけることができ、高速かつ強力な負荷を与えようとする漆黒の重力が羅賦麻を襲う!
「ズゥオオオオオオオオーーーッ!!」
「ふぐっ!?」
己の闘気を引き出したばかりで隙のあったところへ、先の亜孔雀との戦闘において動きを止めた十倍重力の更に十倍、単純に計算して羅賦麻にかかる負荷は自身の体重の百倍ということになるわけだ。
三大魔王の一人である羅賦麻の力は未知ではあった。が、亜孔雀の様子からしてかなりのものであることが少なくとも知れている。否、魔界という猛者揃いの世界で頂点を極める三大魔王の肩書きからして強くないわけがない。
しかし雅綾の発動させた重力仙術の威力は凄まじく、魔界の魔王をもってしても小指一本動かせない状況に陥ったのであった。
「ぐむぅぅぅ」
仙術を耐え忍ぼうとする羅賦麻が厳しい顔つきをしてうねる。
強力な百倍重力の領域に羅賦麻を見事封じ込め、そのままの勢いで敵の身体を押し潰そうとする雅綾。
苦しむ羅賦麻の様子からして雅綾の思惑は上手くいっているようにも見えるが、果たして、本当に重力仙術だけで三大魔王の一人を押し切ってしまえるのか、攻撃体勢にある府刹那は一抹の不安を抱いていた。
亜孔雀との戦いでは雅綾が重力仙術によって動きを封じ込めたあと、天祥棍による必殺の一撃で大ダメージを与え吹き飛ばすことに成功した。
だが今回のケースで雅綾の使う重力仙術はその時の十倍。規模も威力も共に前回を遥かに凌駕する仙術であるため、敏捷性に自信を持つ府刹那も流石に重力の領域に踏み込めずにいたのである。
「雅綾爺、ほどほど止めるんじゃ。でないとお主が死んでしまうぞい」
府刹那は攻撃体勢にありながら攻め込めず焦りを感じつつも、命を削って大技を継続し、瞬く間に憔悴していく雅綾の様を見て危惧していたのだった。
「…奴が潰れて肉塊となり朽ち果てるが先か、それとも儂の命が尽きるのが先か…府刹那、儂が倒れたあとのことは任せたぞい…」
長年の好敵手にして相棒である雅綾には敢えて伝えることは無かったが、府刹那は羅賦麻から逃げず、戦う覚悟を決めた時から命を捨てるつもりだったのである。
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