余裕綽々とはいかないまでも、戦闘を楽しむかのような表情を見せる雅綾と府刹那なの二人。
それもそのはず、亜孔雀が破壊された身体の一部を修復したとはいえ、少なくとも先手必勝の技はダメージを与えているのだから…
「んじゃぁ、今度はこっちの番だな。オレ様の実践練習として貴様らはうってつけだ。折角の貴重なこの機会、簡単に死んでくれるなよ。フンッ!」
亜孔雀は言葉尻に鼻息を一つ鳴らし気合いを込め、地面に根を張るかの如く両足を広げ、血管が浮かぶほど両腕に力を漲らせた。
「来るぞ、府刹那」
「そのようじゃな」
呼びかけ合う雅綾と府刹那が、相手の未知なる攻撃に備え防御重視の体勢で身構える。
仙器という特殊な武器を所持する二人の老仙人に対し、亜孔雀は何も持たずに己の肉体のみで戦うスタイルだ。
己の肉体によほど自信があるのか武器扱えないのか、ともかく亜孔雀が動き出す。
「だっっっ!!」
「ビュッ!!」
攻撃を発動させる気合いの一声と同時に、地面が半径一メートル以上えぐれるほど蹴り上げ猛ダッシュする亜孔雀!
「むっ!?」
「速い!?」
獲物を捕らえる際の一部の爬虫類のように、一瞬で最高速度に達した亜孔雀の凄まじいスピード。
だが目の当たりにした二人は驚きこそしたものの、衰え知らずの動体視力でもってその動きを見失わない。
千歳を超える老仙人にも「老いて益々盛んなり」、という言葉は恐らく当てはまるであろう。
亜孔雀が最初に狙った相手は扱う仙術のタイプから鑑み、攻め易しと判断した重力の仙術使いである雅綾の方であった。
この判断が正しかったかどうかは直後の展開で判明する。
「うらぁっ!!!!」
驚愕の速さで間を詰めた亜孔雀が渾身の初撃をくれてやろうと、右腕を大きく振りかぶり雅綾の顔面を狙い振りきった!
「なっ!?なぜ止まる!?」
雅綾の顔を撃ち抜くと確信していた亜孔雀が予想外の出来事に戸惑う。
彼の拳は雅綾の顔面へは届かず、拳五つ分ほど手前でピタリと止まっていた。
「カッカッカッ!若造、やはり見えておらんかったようじゃな。儂の重力仙術は色を付けることも付けぬことも自在なのよ」
亜孔雀の一撃を完全に封じ込めたのは、己を攻めて来ると予測していた雅綾が予め仕掛けていた重力の壁であった。
とそこへ、戸惑い動かぬ悪魔に向かって府刹那が飛び掛かる!
「今度は地面に弾き飛ばしてやるわい!派手に潰れてしまえい!!大爆一怒涛撃!鉄槌!」
府刹那が天祥棍の威力を最大限活かそうと先程の技を亜孔雀の頭上から振り下ろす!
「ドン!!!」
「おうぅっ!?」
しかし衝撃を受け声を上げたのは攻撃した筈の府刹那の方であった!
亜孔雀を攻撃することに集中していたところへ、予期せぬ波動攻撃を真横から受け吹き飛んだのである。
不意な攻撃を受けた府刹那が吹き飛ばされながらも波動の軌道を辿り、攻撃した当人を睨みつけ、ほぼ同時に雅綾と亜孔雀も素早く視線を向けた。
中でも亜孔雀に関しては攻撃した主を見た瞬間、表情の分かり辛い顔が強張り明らかなる動揺の色が見え。
「ちっ!?父上!?」
口から飛び出した言葉は雅綾と府刹那を驚かせるものだった。
亜孔雀に父上呼ばわりされた者の姿は、亜孔雀の身体を一回り大きくした屈強な体格をしており、親子らしく顔も亜孔雀にそっくりであったが、黒く長い髭と傷の多い長い角が風格を醸し出している。
「せがれよ。貴様はなぜ仙人どもと戦っているのだ?オレは仙人界に密かに潜伏しろと命令したのではなかったか?」
父らしき者の声は、まるで地獄の底から聴こえ恐怖心を煽るような重くゾッとする響きがあった。
思わぬ展開に府刹那の集中力が途切れ、重力の壁から腕を抜いた亜孔雀が慌てて弁解する。
「もっ、申し訳ありません。今日まで上手くやっていたのですが、油断して此奴らに正体がバレてしまいまして…」
先程まで老仙人の二人に見せていた傲慢で横柄な態度は何処へやら、今の亜孔雀はガラッと代わり、蛇に睨まれた蛙のように身をすくめていた。
それだけ父と呼んだ悪魔を恐れているのであろう…
肩に仙器の天祥棍を乗せ、とぼけた風の府刹那が問う。
「まさかとは思うがお主、魔界で恐れられているあの三大魔王の一人、『咆哮の羅賦麻(らふま)』ではあるまいのう?」
亜孔雀の父親が問いかけた老仙人に視線を向けニヤリと笑う。
「ほう、これはおもしろい。俺が貴様の言う羅賦麻だとしたら何だというのだ?」
「…いやなに、魔界では現在、何がきっかけかは知らぬが三大魔王が魔界の統一を計り、三つの各勢力が一触即発の臨戦体勢にあると風の噂でで聞いておったでな、もしお主が本当に羅賦麻なら、仙人界に遊びにきておるのは合点がいかなくてのう」
仙人界は現世に存在する世界だが、魔界というものは現世には在らず、時空を超えたとある空間に存在する。
ならばなぜ、仙人界の府刹那がこの世に在らざる魔界のことを知っているのかという疑問が浮かぶけれど、話せば長くなってしまうので今は詳しく語るまい。
敢えて短く云うなれば、仙人界と魔界はかつて遥か昔に敵対し、多くの犠牲を払った大戦が勃発し終結したものの、今でも互いの世界に対して警戒し、様々なやり方で情報を得ていたのである。
語り手と致しましては、この仙人界と魔界の大戦に関しても大いに語りたいところではございます…
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