残酷にも噛み砕かれた身体の一部から大量の血が流れ、両者の周囲が血の濁りで曇り始める。
水中に血の濁りが大きく広がる中、不思議なことに城太郎を襲った側のザンギの動きがピタリと止まった。
そして「バキバキバキ」と骨の砕ける嫌な音と共に、ザンギの閉じていた口が自らの限界を超えて上下に開き出し。
「たかが湖の淡水魚如きが調子に乗りやがって」
ザンギの尋常でなく開いた口の辺りから、城太郎のものとは明らかに異なる声が聴こえたのだった…
さて、本日は年の暮れなる大晦日。
かなり短くなってしまいましたけれど、来たる2022年に備え、今宵はこの辺にて失礼致したいと存じます。
皆様、良いお年をお迎えくださいませ。
声の主の真っ黒な地肌で構成された顔は怪異の「のっぺらぼう」を彷彿させるような異形であり、頭には一本も見当たらない髪の毛の代わりに金色の曲がった角が二本生え、瞼と口を開けば赤く不気味な光を発っする眼をしていた。
そう、真如の愛した美青年の人間である芥川城太郎の正体は、悪魔であり怪異とも云えるあの亜孔雀(あくじゃ)だったのである…
さて、奇しくも200字にも満たないものとなった今宵の物語。
いつになれば平常運転に戻ることやら…
兎にも角にも2022年が明けまして、
おめでとうにございます。
確かに身体の一部を噛み砕かれ、水中でたちどころに拡散したのは城太郎の血であった。
だが犠牲者になった彼の姿は見当たらず、あるのは悪魔であり怪異の亜孔雀が人喰い魚のザンギを再起不能にする姿であった。
亜孔雀はザンギの命を失い動かなくなった巨体を易々と岸に引き揚げ、自らの顔半分だけを水面から出し辺りをキョロキョロと見渡す。
「…ふん、誰にも見られてないなようだな…」
目撃者がないことを確認して呟き、亜孔雀の姿のまま湖の岸へと這い上がった。
そして腕を組みあぐらをかいて地べたへ座ると瞑想を始め、集中力を高めて何やら呪文のようなものを唱え出し…
「封魔術式、人魂降臨(ひとだまこうりん)!」
「スゥオッ!」
類をみぬ音と共に、亜孔雀の姿は一瞬にして元の城太郎へと変身を遂げた。
城太郎の姿をした亜孔雀はすくっと立ち上がり、ザンギの死骸へ歩いて近づき蹴りを入れる。
「ドグォッ!」
「ったく、こいつの所為で余計な力を使ってしまった…コイツを上手く調理して真如の機嫌を取るとするか…ん!?あんなところに案山子なんて立ってたか?」
先ほど水面上から見回し探った時には気付かなかった彼が、湖周辺にある岩場に立つ如何にも怪しげな二体の案山子を凝視した。
「…ちっ!変身するところを見られちまったか…」
そう言って徐に足元の大きめな石を拾い上げ、二体の案山子に向かって声を張り上げる。
「おい!案山子ども!それでも上手く化けているつもりか?正体を現さねぇとこの石で頭を砕いて脳みそぶち撒けてやんぞ!」
「……………….」
人造物である筈の案山子からは当然の如く返事は返って来ない。
様子を見る城太郎の姿をした亜孔雀が不敵な笑みを浮かべる。
「グァグァグァグァ…この俺が仙人ごときの変化の術に騙されるとでも思ってるのかねぇ、とっ!!!」
「バシュッ!!」
彼は言い終えると同時に案山子へ向けて石を投げつけた!
ただのそこら辺の石と変わらぬ石が、亜孔雀の力が注入され凄まじい速さで案山子の頭へ一直線に飛ぶ!
あわや狙われた案山子の頭にぶつかろうとした刹那!
「ひょえっ!!??」
案山子は突如として老仙人の姿へと変貌し、高速で飛んで来る石を間一髪のところで避けた。
するともう一方の案山子もにわかに老仙人へと姿を変える。
「大丈夫かいな雅綾爺(がりょうじい)!?」
「カッカッカッ、心配せんでもええよ府刹那爺(ふせつなじい)。あんなもん擦りもしとりゃせんわい」
意気のいい老仙人の二人が亜孔雀を睨みつけ、各々の武器を取り出し戦闘体勢に入る。
二人の老仙人はここまでの亜孔雀の様子から鑑み、完全に自分達、否、仙人界全体の敵であると判断したのだ。
いつものように将棋をしていた筈の二人がなぜ湖に居るのか不思議ではなかろうか?
ちょいと前の話しである。
真如が家を空け、城太郎に他の目的ががあったのか定かではないけれど、釣りをするため東雲湖に向かう途中、相変わらず将棋を打つ二人の老仙人と何気ない挨拶を交わした。
実はこの時、将棋馬鹿の老仙人の二人は城太郎が身体から微かに漏らした妖気を察知し、大事があってはならぬと、そこから二人で話し合い、何よりも好きな将棋を中止し彼の跡をつけることにしたのである。
ここでもう一つ、城太郎と亜孔雀の関連性について…正直なところ不確かではあるものの全く関連性や関係性が無いわけではなく、むしろ恐らくアリアリであろう。しかも残念ながら人間の美青年である城太郎は既に故人なのである。
数年前、とある理由により彼を亡き者にしたのは亜孔雀であり、その際彼の魂を強制的に操れるよう己の身体に封じ込め、城太郎という人間そのものに変身できるようになったというのが大体の経緯だった。
「我が名は翠重架雅綾(すいじゅうかがりょう)!」
「我が名は怒涛混府刹那(どとうこんふせつな)!」
上手い下手は別として、こよなく将棋を愛する老仙人の二人が意気揚々と名乗り出た。
先に名乗った翠重架雅綾の手に持つ専用武器は、目に見えぬ空間の重力を自在に変化させることが可能な累重杓(るいじゅうしゃく)。その武器は黒光りして高級感こそ漂うものの、普通に水汲みをする杓にしか見えないのだが…
次に名乗った怒涛混府刹那が手に持つは、銀色の長く太い棍棒に美しい女性の姿を形どった模様が刻まれており、その名も天祥棍(てんしょうこん)と云った。この武器は、攻撃され触れたものを不思議な力で跳ね飛ばす力が備わっていて、その威力の強弱は怒涛混府刹那の気分次第ということらしい…
「おいおい兄ちゃん。千歳を超える仙人の二人が名乗っておるのじゃ。ここはお主も礼儀として名を名乗るべきではないんかのう?」
自分らが名乗ったのにも関わらず、まるで「馬鹿」でも観るような冷たい視線を送ったまま黙ている亜孔雀に対し、この世で千年以上生きて来た雅綾が教育的指導をビシッとしたのだった。
顔が城太郎のままの亜孔雀がようやく表情を崩して不敵に笑う。
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