今は寝ていないけれど、これにて金色の居眠り侍雪舟丸の誕生である。
「ほう…怪異と共存いているのか、なかなかにおもしろい、これで少しは楽しめそうだ」
雪舟丸の姿が変わった瞬間に豹変させた力が怪異のものであることに加え、共存していることまで亜孔雀は見破った。
「あぁ、そうだな。俺も丁度、かつて感じたことの無い高揚感が湧き出て来たところだ。望み通り楽しませてやるから死んでくれ!!!」
言い放つや否や、雷の如き速さで真っ向から亜孔雀に突っ込む雪舟丸!
「っ!?」
「ギッキィン!!キィン!キィンキィン!!」
雪舟丸が「神速の剣」をも超えた速さで初撃を打ち込み、亜孔雀へ立て続けに雨叢雲を振り続ける!
順調に攻めているように見える雪舟丸であったが、この状況は彼の想定したものではなかった。
阿修羅の強力な妖気によって飛躍的に身体能力が向上したことを、彼はまごうことなく実感していた。だからこそ一気に間合いを詰め、敵が舐めきって油断しているあいだに雨叢雲の剣による初撃で切り捨てるつもりだったのである。
その思惑が叶わなかったのはひとえに雪舟丸の想像を亜孔雀が超えていただけ、には止まらない。もちろん亜孔雀の神がかった、否、悪魔がかった実力が無ければ雪舟丸の初撃を防ぐことは不可能であったに違いないのだが、亜孔雀は雨叢雲の剣が退魔の剣であることすら一眼で見抜き、咄嗟にある防具を具現化させ両腕に纏い攻撃を防いだのであった。
「ガッギィン!ギィン!キン!ギィン!!」
小さな城くらいならバラバラにしてしまいかねない連撃を、ひたすら防御し続ける亜孔雀であったが、隙があるようには見えない攻撃の隙を探りあて、妖力を使って反撃に転じる!
「まさかオレ様に本気を出させる人間が存在するとはな…爆邪我苦(ばくじゃがく)!」
「ズゥオオオオッ!!!」
亜孔雀が技の名を叫ぶと共に、両の掌から人の顔のような悍ましい姿の黒い物体を次々に出現させた!
「くっ!!!?」
雪舟丸が攻撃する最中に繰り出された至近距離での反撃は、剣聖にして阿修羅の力を借りる彼とて避けきれるものではなかった!
攻撃を防御するいとまもなくもろに喰らった雪舟丸の身体は後方へと吹き飛ばされた!
「ズザザザザァァァ!!」
吹き飛ばされながらも空中で大勢を立て直した雪舟丸が、地面に着いた足で土を削ってようやく身体を静止させる。
雪舟丸が前方へ視線を向けると、亜孔雀が余裕があるのか無いのか良く分からない顔をして腕を組み、見下すような仁王立ちの体勢で口を開く。
そして、雪舟丸の居る場所とは見当違いの方を向いて笑う。
「グァグァグァグァ!真如よ起きているか?仙人界よりお前が命懸けで盗んでくれた鎧がやっと役に立ってくれたぞ」
亜孔雀は自らが衝撃波で吹き飛ばした地に倒れる真如に対して言ったのだが、倒れる真如の反応は無くピクリとも動かない…
「…殺すつもりはなかったのだが、まさかな…まぁいい。かつて愛した女を己の手で殺めるのもまた一興というものだ…」
怪異であり、悪魔でもある亜孔雀が、何処か寂しげな表情をしたかのように見えた…
果たして、亜孔雀と真如の過去に何があったのか?
唐突ではあるけれど、仙花と真如の会話では明かされなかった、「仙人界より堕ちた仙女」の物語をしばし語ることに致しましょう…
仙人には大きく分けて二通りの種があるらしい。
一つは仙人界で生きる男女の仙人が恋をし、やがて実を結んで産まれる純血の仙人。
そしてもう一つは、人間界で普通の人間として産まれ、至極稀だが仙人の体質に近しい者が試練を乗り越えて仙人と成る場合であり、聖天座真如は後者にあたる。
時は安土桃山時代以前の室町時代まで遡る。
彼女は江戸時代でいうところの備中国(びっちゅうのくに)の貧しい百姓の家に生まれた。
人間としてこの世に生を受けた彼女の名は里村伊乃(さとむらいの)。
と云うわけで、彼女には人間であった頃の里村伊乃と云う名と、仙女になってからの聖天座真如と云う二つの名があるけれど、暫くのあいだは里村伊乃の方で語ることと致しましょう…
伊乃を育てた両親は、母親が百姓の女にしては美しい顔立ちをしていることを除けば、至って普通を絵に描いたようような夫婦であった。
美しい母親の血が濃かったのか、伊乃が五歳に成る頃には顔立ちもある程度整い、何処ぞの姫かと見紛うほどの可愛さを持ち合わせていた。
伊乃の両親は毎日よく働いてはいたが、貧しい暮らしはどうしようもなく続き、日々の食事も極めて質素なものとなり、両親は勿論のこと、成長期の伊乃の身体にも充分な栄養が行き渡っているとは云い難く、家族揃って痩せ細っていた。
取り分けて伊乃と両親だけが苦しい生活をしていたわけではなく、彼女の住む集落の人々は皆が皆似たような暮らしをしていたものだった。
そんな不遇な環境の中で生きていた伊乃であったけれど、不思議というか幸いというか五歳に成るまで病気という病気を一度として患らわず、両親を「健康な子で良かった」と安心させていたものである。
極端に健康的で可愛い部分以外は他の子供らと何ら変わりのない伊乃であったけれど、共に穏やかな性格の両親を、目の玉が飛び出るほどに驚かせた出来事を起こす。
それは、激しく雨の降る雨季を越え、カラッとした天気の続いたある日のこと、いつものように両親の畑仕事について行った。
両親が畑仕事に精を出しているあいだ、伊乃は畑の周りで一人遊びをするのが常だったのだが、この日の彼女は汗水垂らして働く両親の手伝いをしようと思ったらしく、鍬で畑を耕す母親の元へ近づき申し出る。
「おっかぁおっかぁ!オラにもやらせてくんろ」
愛する娘が初めてする手伝いの申し出に、母親のトヨが額の汗を腕で拭って応える。
「ありがとねぇ伊乃。でもあんたは未だちっちゃいから畑仕事は無理だよぉ」
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