ところで、怪異の闇雲に命を奪われたかに見えた九兵衛が、何故生き伸びたのか不思議ではなかろうか?
余計なお世話かも知れないけれど、簡単に解説しておいた方が今後のためである。かもなので少々解説するとしよう…
実際、闇雲に九兵衛が包み込まれた瞬間、彼の魂は闇雲に吸収され命を一度失っていた。
しかし、吸収した魂が消化融合の完了前に呑み込まれた闇雲は、デイダラボッチの強力な妖気を含んだ体内で消化融合され、残った九兵衛の魂はデイダラボッチが戻った折に身体へと帰還し、彼は生き返ったような形となったわけである。
この現象はデイダラボッチの生と死を司る、希少かつ独特の能力が功を奏したことに外ならなかった…
此処までの解説が本当に必要だったか否かと問われれば、折角語ったのだから当たり前だけれど「必要不可欠」だったと云うしかあるまい…きっと、たぶん…
さて、もしかしたら不要でかったかも知れない、否、必要であったに違いない解説はこの辺にして、物語の続きを語っていくこと致しましょう…
お雛の未練も無くなりこの世から夫と娘の待つ天国へ旅立ったあと、デイダラボッチの戻った九兵衛は眠ったままだったために、蓮左衛門は事情を知らぬ仙花達へ説明することとあいなった。
蓮左衛門が眠い顔一つせず聴き入る三人に説明を終えると、仙花はこう言ったものである。
「ふ~む、どうにもこうにも不運な家族だったようじゃな。まぁ、其方らの働きでお雛殿もだいぶ救われたであろうよ…だが人生とは誠、思い通りいかぬものじゃのう…せめてお雛殿と家族が天国で幸せに暮らせると良いな…明日の朝、旅立つ前に墓標を作りしっかりと弔ってやろうではないか…」
と…
確かに彼女がしみじみと語った通り、たとえ真面目に生きていも思い通りにいかないのが人生である。
ときに、「人生は思い通りにいかないからおもしろい」などと云う人も居て一理やニ理あろうけれど、それは事が上手くいかぬ度合いにもよるのではなかろうか…
例えば今回のお雛とその家族を襲った不運のように、命に関わる二度と取り返しのつかない事象は勿論のこと、些細な躓きでも何度も何度も続いてしまえば健全な心もいずれは折れてしまうというもの…
心の折れようにも度合いというものがあろうけれど、折れ方にも様々な形があり…割愛。
これより先は、機会が在ればまた語ることに致しましょう…
ところで、語り手は初めて「割愛」と云う言葉を記した訳でありますけれど…割愛。いざ記してみればなんとも残念な熟語に見えて…割愛。
語り手とてこのような日もあ…自粛。
はてはて、語り手の暴走は誠に勝手ながらではあるけれどさておき。
仙花達は、かつてお雛と夫と娘の三人が幸せに暮らしていた家で一晩ぐっすりと眠り、お天道様も晴れやかな新しい朝を迎えていた。
昨晩宣言した仙花の言った通り、あの居眠り侍の雪舟丸を含めた五人は誠心誠意心を込め、お雛とその夫と娘を埋めた場所に墓標を立てたものである。
木を削り、丁寧に作りあげられた墓標には、才色兼備にして忍術の天才であり、もはや万能ではあるまいかと思わせるほど多才な書道の達人でもあるくノ一お銀が、それはもう目を見張らんばかりの達筆な文字を刻み仕立て上げた。
仙花の希望により、普通は祝福の場で登場するであろう「お幸せに」という言葉を添えて…
荒削りではあったけれど、それなりに墓らしい墓となったものを前にして、仙花か一味全員が手を合わせてお雛とその夫と娘を弔った。
「これでぇ、よし!天気も抜群に良いいゆえ歩も存分に進められよう。今日中に出雲の国へ入り、仙人について可能な限り調べようぞ」
仙花がそう言ったのを皮切りに、一行は出雲国へ足並みを揃え、軽快に歩みを進めたのだった。
ちょうど空腹で昼飯を食べたくなった頃、仙花の一行は伯耆国(ほうきのくに)出て出雲の地へと足を踏み入れていた。
歩む道は波音の聴こえた海岸沿いの道からは逸れ、森林浴を楽しめる林や森を通る道へと様変わりしている。
小鳥の囀る静かな林を抜け、なかなかにきつい勾配の坂を歩いていると、そよ風に乗って何やら美味そげな香りが漂って来た。
最初にこの香りに気付いたのは鼻のきく仙花である。
「うぅぅ…な、なんとも食欲を唆る香りじゃ。空腹の時にこれは堪らんわい…」
などと言いながら、彼女は口から漏れたよだれを腕で拭いた。そこに乙女の恥じらいなど微塵も感じられない…
「きっとこの坂を上りきった峠に団子屋があるでござるよ」
「団子でやんすか〜。久々でやんすね〜」
「すぴぃ〜、すぴぃ〜」
「仙花様、折角の機会にございます。是非とも昼食に団子をいただくといたしましょう」
「うむ、初めから儂もそのつもりじゃよ。皆の者!団子屋まで競争じゃ〜!」
相変わらず歩きながら眠る雪舟丸以外の四人の総意により、峠にあるであろう団子屋を目指して急勾配の坂をものともせず一斉に駆け出した。
「仙花様!恐れながらお先に失礼致します!」
先頭を走っていた仙花を横目にくノ一のお銀が颯爽と抜き去る。
「ぬっ!?お銀め〜、負けてなるものかぁぁぁ!」
勝負根性に火の付いた仙花の走る速度が一気に加速する!
「うぉぉぉぉーーーっ!!!」
「なっ!?」
仙花は抜き去ったお銀をあっという間に抜き去り突き放してしまった。
一ヵ月ほど前、橋の上で芥藻屑の悪党に襲われる夫婦を助けようと、疾風の如く駆ける仙花を追いかける場面があり、脚力に自信のあるくノ一のお銀が追いかけるも彼女には届かなかった。
今回もまたその時と同じく仙花の脚力に屈服することとなったお銀であったが、特段悔しがる様子も無く、己の主の脚力に改めて感嘆し、嬉しくすら思って頬笑みを浮かべた次第である。
結局のところ、峠の団子屋に一番乗りしたのはお銀を凌ぐほどの脚力を見せつけた仙花であった。
次点はお銀、蓮左衛門と続き、次は当然九兵衛かと思いきや、眠りながらもひょうひょうと坂を上った雪舟が先に辿り着く…
「ヒーヒー」苦しそうにしてようやく坂を上りきった体力不足の九兵衛。いやいや、彼を貶めるような言葉は相応しく無いのかも知れない。そもそも化け物じみた体力を持つ他の四人と比べること自体が間違いなのだから…
汗だくとなった彼が小さな木造の団子屋に目をむけると、紅く華やかな布の掛けられた長椅子に座り、串団子を美味しそうに頬張る仙花、お銀、蓮左衛門の姿があった。
眠っていた雪舟丸はというと、三人から少しは離れた場所で、団子の匂いを嗅ぎつけちゃっかりと目を覚まし、お茶の入った湯飲みを片手にやはり美味そうに食べていた。
じ〜っと眺めていた九兵衛が「ゴクリ」と唾を呑み込み嘆願する。
「あ、あっしもお団子!お団子を食べたいでやんすよ〜」
「ハッハッハッ、心配するでない九兵衛。ちゃ〜んと其方の分まで頼んでおるわ」
仙花が笑って知らせると、紺色の生地に白い文字で「お団子」と書かれたのれんを捲って、店の中から笑顔の可愛い若娘が団子と湯呑みの乗ったお盆を抱えて運んで来た。
「お待たせ致しました〜。こちらがご注意の串団子にございます〜」
昔から庶民の甘味として愛されて来た「お団子」は、鎌倉や室町時代から存在し、特に「串団子」ときたら江戸時代に一大旋風を巻き起こすほど流行したらしい。
腹を空かせた九兵衛の目の前は、皿に乗った「みたらし」、「こし餡」、「きな粉」、「醤油」、「よもぎ」といったいった五種類の串団子が各一本ずつ並べられていた。
それを見た九兵衛がまたもや「ゴクリ」と唾を呑み込む。
「うひゃ〜!これは堪らないでやんすよ〜!しかも久しく見ていない可愛い娘さんが運んで来てくれるなんて最高でやんす!」
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