くだらぬ押し問答をするくらいならと、仙花は雲峡から視線を外してお銀の方を向く。
「お銀、無理を承知で頼むのじゃけれど、其方の忍術を使いこの地割れを修復出来んもんかのう?」
「ほほほ、手前に不可能はございませぬ。と、申し上げたいところではありますがぁ…超優秀なくノ一である手前であっても流石に無理でございましょう。ただぁ、弧浪(ころう)の力を借り全力を出し切れば可能やも知れませぬ…」
さり気なくして自ら「超優秀」と言ってしまうお銀であったが、彼女の実力からすれば「ごもっとも」なことであったし、「弧浪」とは、彼女が幼き頃に特殊な契約を結んだ怪異の「妖狐」の名であった。
一ヶ月ほど前、鬼武者の韋駄地源蔵との壮絶な戦いの最中にお銀、蓮左衛門、雪舟丸、九兵衛の四人の体内に契約を結んだ怪異が潜んでいることを知った仙花。
無論、此処までの道のりで四人全員に「説明せよ」と納得がいくまで訊き出し、九兵衛以外は大丈夫だと安堵していたのだった。
なぜ九兵衛だけが大丈夫で無いのか?
話しの流れからして詳しくは後々語るとして、敢えてここでは簡単にまた単純に云うならば、九兵衛の契約した怪異が他の三人に憑く怪異とは一線を画すほど強力かつ厄介だったからである。
その怪異の名は「デイダラボッチ」。
っと、話しが逸れ過ぎるのは避けて話しを元に戻そう。
お銀の言った「弧浪」の力を借りるとは、果たしてどのような形で行われるのか?仙花は未だ、彼らが怪異と共闘する不思議な場面には遭遇していない。
「怪異の力を使わねばならぬのか…う~む、お銀には悪いが、初見ゆえ是非とも見てみたい気がするするのう」
「承知致しました。では我が内に潜む怪異のち…」
「待て待て待て待て待ってーーーーーーっ!!!…なぁなぁ其方ら正気なの!?本気で大仙人である我の存在をガン無視しようとしているの!?」
すぐ近くにド派手な存在感を持った仙女がいるというのに、まるで空気のような扱い、否、ガン無視しているのだから空気のような扱いさえされず雲峡がまたまた喚き出した。
「……………….」
仙花とお銀の二人は黙したまま、虫けらでも見るような目つきで雲峡に視線を送った。
「なっ何よ!?その人を蔑むような目つきはっ!?もう其方にはな~んにも教えてあげないんだからね!」
「構わんよ。さてお銀、斯くも盛大にうるさい邪魔が入ってしまったけれど、どうにか気を取り直して続きを頼む」
もはや大仙人の即蘭眉雲峡は邪魔者扱いされる仕末であった。
お銀が口を開こうとするところへ割って入る雲峡。
「ううううう!こんな酷い侮辱を受けたのは多分だけれど生まれて初めてだわっ!!んも~堪忍袋の緒が切れた!覚えておきなさいよーーーーーーっ!!!」
大した堪忍を入れ得るような大きさでもなく、とっくに切れているはずの堪忍袋がいま正に切れたと豪語した雲峡は目に涙を浮かべつつ、地上には無い種の植物「仙葉」に飛び乗り、地上を離れふわりと浮いたかと思うと、瞬く間に空の彼方へ飛んで行ってしまった。
「いやはや、人騒がせな仙女でござったなぁ」
「でも仙人ってのは本当にいたんでやんすねぇ。あっしは生まれて初めて見たでやんすよ」
雲峡が現れてから一度も声を発しなかった蓮左衛門と九兵衛が久々に口を開いた。
雪舟丸はというと、とっくに居眠りを始め寝息の音を立てている。
「まぁ、人格的に問題大アリだったがのう。しかし、あの落雷の威力は尋常ではなかったな。自然界の起こす雷のそれを遥かに超えておる」
「確かに…道を一瞬にして断崖絶壁に成らしめた威力は人智を逸していると云えるでしょう。あれが直撃していたらと思うと…」
「ゾッとするな…」
「こわやこわや」
お銀と仙花はあの落雷の破壊力を恐れ、九兵衛に至っては寒くもないのに震え上がった。
雲峡は高尚なはずの仙女でありながら、残念なことこの上なく人格破綻者だったも知れない。だが実際のところその実力たるや、海を越えた遠い大陸に存在する仙人の中でも最強と謳われる「申公豹(しんこうひょう)」にも匹敵するほどだったのである…
「それはさておき、そろそろ道の修復に取り掛かると致しましょう」
「うむ、頼んだぞ」
仙花に頷いて見せたお銀が大きく深呼吸をし、目を瞑って九字法の印を結び始める。
忍者と云えば九字法(九字護身法)で間違いなし!と云うわけでもないけれど、次々と手の形を変えて印を結び精神を研ぎ澄ませ、自然の力を吸収し利用する九字法の効力は侮れない。
「臨(りん)・兵(ぴょう)・闘(とう)・者(しゃ)・皆(かい)・陣(じん)・烈(れつ)・在(ざい)・前(ぜん)!!妖狐の弧浪よ姿を現せ!そして有り難くあたしの力になるが良い!!」
「…………….」
印を結び終わり、腕組みしながらやや横柄な言葉で妖狐に呼びかけたお銀であったが、何も起こらず沈黙の時間だけが流れ、格好付けてふんぞり返った彼女の姿が虚しく映る…
無駄な沈黙に耐え切れず仙花が問う。
「どうしたお銀。何も起こらぬが調子でも悪いのか?」
「いえ、力はみなぎっているくらいでございます。ただ、一つ問題がございまして…先の雲峡も厄介者でしたけれど、手前が契約を交わした妖狐もまた厄介な者ゆえ、時としてすんなりと事が運ばぬこともございます。少しばかりお待ちくださいませ…」
微笑を浮かべているお銀の胸の奥底にはえもいわれぬ怒りの感情があった。
お銀が己の内に潜む妖狐の弧浪に向けて呟く。
「弧浪…言うことが聞けぬのであれば、当分のあいだ封印術で強制的に妖力を抜き取るが、それで良いのだな」
するとお銀の身体が光に包まれ、突如として目の前に狐の耳をした若い美青年が姿を現した。
妖狐は怪異の一種ではあったけれど、姿かたちは他の怪異と比べオドロオドロしさは見受けられず、狐の耳と腰の下あたりから生えた尻尾以外は人とさほど変わりない。
美しい顔をした妖狐の弧浪が口に手を当て欠伸する。
「はわわぁ…やだなぁお銀さん。そんなに怒ると美容に悪いよぉ。若さを保ちたければ顔なんかに皺を寄せちゃあダメダメ」
「っさいねぇ!あたしは美容に気を使うほど歳をとっておらぬ!戯言はやめて早く妖力を寄越せ!」
今度は怒りの感情剥き出しの表情で怒り狂うお銀。無論、眉間の皺は深々と入りおでこには血管の筋が浮かび上がった。
「はいはいお待ちを~」
すんなりと事が運ばないのは一目瞭然ではあったが、弧浪はぐだぐだ言いながらも言うことを聞く素振りを見せた。どうやらこの二人の力関係はお銀に軍配が上がっているようである。
弧浪が地面に座禅を組んで座り、右の掌を面倒くさそうにお銀へ向ける。
「はい。愛を注ぎ込んじゃいますよ~」
「余計なことは言わんで良い!」
九字法を使い集中力を高めたというのにイライラの収まらぬまま忍術の印を組むお銀。
そこへ弧浪の禍々しい妖力が注入される。
「土遁の術!土砂浚渫(どしゃしゅんせつ)!」
「ドッゴォォォォォォォン!!!」
忍術を発動させるや否や凄まじい爆音が上がり、地割れの奥底から火山が噴火したかのように土砂が噴き出す!!
「おおおっ!?」
仙花を始め蓮左衛門、九兵衛の三人が呆気に取られた表情で見護る。
三人が驚くのも無理わない。今まで何度となく目にして来たお銀の忍術。だが此度の忍術はかつてのものとは一味も二味も違い、これほどまでの威力は想像の域を遥かに超えていた。
「ドドドドドドドドドドドド!!!」
豪快に噴き出した土砂が雲峡の破壊した道の大きな地割れをあっという間に埋めていく。
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