蛇腹の中央社前では、蓮左衛門と鷲尾雷角による激しい、否、一方的な一騎討ちが展開されていた。
「わっ!?っと!」
「ズン!!」
芥五人衆最後の生き残り鷲尾雷角が扱う六角金棒は巨大な鉄の塊のような物であり、それを人間が扱えるなどとは到底思えぬ重さであった。
だが人間離れした鷲尾雷角の剛腕はその六角金棒を「檜の棒」でも扱うが如く「ブン!ブン!」と振り回す。
いくら屈強な身体をしている蓮左衛門であっても、この六角金棒が一撃でもまともに入ってしまえばひとたまりもないであろう。
よって、回避を余り得意としない蓮左衛門には余裕など感じられず、冷や汗を掻きながらなんとか避けるという不恰好な戦い方となってしまっていた。
「くっ。仙花様の元へ急がねばならぬというのに、こんな奴に手こずるとは」
敵の頭領である韋駄地源蔵の強さはどれほどのものか知れていない。
対決している仙花の元へ早く馳せ参じたい想いが蓮左衛門の心に焦りを生み、六角金棒による攻撃を避けながらもボヤキが自然と口をついた。
「おうおう!『こんな奴』たぁ聞き捨てならねぇな!この鷲尾雷角様を侮辱するたぁただじゃあおかねぇ。肉団子にしてやるから覚悟しやがれ!!」
怒り心頭の鷲尾雷角は腕により力を込め、振り回す速度を加速させる!
「のわっ!?」
それでも蓮左衛門はギリギリのところで避け必死で堪えた。
速さでいえばさほど大した攻撃ではないにしろ、回避の苦手な己がいつまでも避けられる訳ではない。
仙花やお銀のような素早さでもあれば、一気に間合いを詰めて斬れるやも知れぬがそれもない。
蓮左衛門は戦いの最中に考えた末、何を思ったか手に持っていた刀を鞘に収め、素手となった両手で日本古来より伝わる武術、「骨法」の構えを取った。
実のところ彼は刀を使用する剣術より、むしろ己の身体能力を遺憾無く発揮できる体術を得意としている。
鷲尾雷角がその姿を見て笑う。
「ブゥワッハッハッハァ!この俺様に対し素手で構えるとは気でも狂うたか?」
お決まりのような問いかけに蓮左衛門がニヤリとして答える。
「狂ってなどいやしないが。始めからこうしておけば良かったと後悔はしているでござるがな」
「何がしたいのか想像し難いが取り敢えず死んでおけ!!」
「ブン!!」
鷲尾雷角が蓮左衛門の頭を砕かんと六角金棒を力任せに振り下ろす!
今まで通り今度も避けるかの思いきや、蓮左衛門は襲い来る六角金棒に対してなんと両手を広げ掌底を突き出した!
「ガシィッ!!」
「なにっ!!??」
あろうことか蓮左衛門は強烈な六角金棒の攻撃を両手で掴み止めてしまった!
予想外の展開に鷲尾雷角が動揺する。
「俺様の金棒を素手で止めるなんて…あり得ねぇ…」
鷲尾雷角渾身の一撃の破壊力は計り知れない。或いは分厚い鉄板も蒟蒻のように曲げてしまうほどの威力であった筈である。
生身の人間がそれを止めるとなれば凄まじい衝撃を受け、身体がただでは済まないことになるのは間違い無かったのだが…
「う、腕がジンジンと痺れるでござる」
とんでもないことをやってのけた蓮左衛門の感想はたったそれだけであった。
鷲尾雷角が「信じられない」といった表情で彼を見るが、蓮左衛門の身体に腕が痺れた以外の被害は全く感じられない。
「こんの野郎ーーーっ!!力でねじ伏せてやるぜーーーっ!!!」
憤慨した鷲尾雷角が攻撃を防がれ掴まれた六角金棒に力を込め、蓮左衛門の身体側へ押し込もうとする。
「…おもしろい。力比べでござるな」
力比べとくれば負けるわけにはいかぬと蓮左衛門が応じ、両腕に「グッ!」と力を込めた。
傍目から見れば両者には圧倒的体格差があり、まともに力比べの勝負をするなら鷲尾雷角に分があるように見える。
だがまたもや予想は外れ、如実に現れたのは体格差で圧倒的優位な筈の鷲尾雷角が、己より一回りは小さい蓮左衛門に押し戻される姿であった。
「こんの野郎!なな、なんちゅう馬鹿力だ!?」
「…先日、拙者は酒豪勝負で女に負けたばかり。だからと言ってはなんだが、この力勝負だけは負けるわけにはいかぬでござるよっ!」
「っ!!??」
蓮左衛門が一瞬弾けるように力を入れて六角金棒を鷲尾雷角から奪い取った!
そして間を置かずに奪った六角金棒を両手で持ち振り下ろそうと頭上に構える。
「では、自分の武器の威力をとくとご賞味あれ。でござる」
「!?」
「ゴッ!!!オォン!!」
鷲尾雷角の頭を完璧に捉えた六角金棒は派手な音を立て、彼は白目を向いて気絶し地面へ突っ伏し倒れた。
「一撃で気絶してしまったか…ううむ、やはりコイツの威力は凄まじいでござるなぁ。おっと!こうしちゃおれん。仙花様のところへ急がねば!」
見事、芥藻屑五人衆の最後の一人を討ち破った蓮左衛門は、これといって勝利の余韻に浸ることもなく、韋駄地源蔵と戦う仙花のいる中央社の屋根上へと急ぎ向かった。
この勝負を眺めていた芥藻屑の残党は蛇腹を捨て方々へ逃げた。百五十人近くいた芥藻屑の賊はいよいよもって頭領の鬼武者、韋駄地源蔵を残すのみとなったのである。
頭領同士である仙花と韋駄地の戦いは何十合と打ち合っても尚続いていた。
「島原の乱」の終結後より歳を重ね、今や七十近くである筈の韋駄地の剣術は歳相応と成らず、年齢を重ねて鈍るどころか技や体術はより洗練され、「鬼武者」という二つ名の広まった当時と比べ明らかに強さが増していた。
仙花が韋駄地の強さをどれほどのものと思って挑んだのかは分からない。無論、韋駄地の方も同じであったが、この勝負において彼女は劣勢に立たされている。
それは彼女の姿にも顕れており、深くはないけれど腕や脚には切り傷が無数ある上、旅装束も刀によって数カ所が切り裂かれていた。
片や韋駄地の鎧に古傷はあれど真新しい傷は見当たらない。つまり、仙花は此処まで韋駄地に対し一太刀も入れられずにいたのである。
彼女は悪敵に興味は持たぬが強者とあれば話しは別だ。化け物じみた強さを持つ韋駄地に興味が湧き語りかける。
「…お主、驚異的に強いのう。芥五人衆の連中とは比べものにならん」
「くくく、そう言ってくれるな。普通の人間と俺を比較すること自体が間違いなのだ。あれでも俺は可愛い部下達だと思っていたよ。誰も寄り付かぬ化け物のようなこの俺に従い、付いて来てくれたのだからな」
「ほう、これは意外だな。人を思いやる気持ちがお主にもあったとは…ところで、戦っていてずっと気になっていたのだが…お主は本物の人間か?」
「………….」
韋駄地は目を細め、仙花の疑問に黙して答えない。
こうなってくると黙っていられないのが彼女の性分である。
「当たらずとも遠からず…か、それとも的のど真ん中を射抜いてしまったかのう。仮にお主が人間で無ければ何者なのか気になって堪らん。殺し合う敵に話すのもなんだろうが聞かせてはくれぬか?」
仙花の問いかけに韋駄地の兜が微妙に動いた。
「………貴様をあの世に送る前に語るのも一興、かも知れぬな…俺は七十年近く生きて来たが、己のことを話したのは島原の「天草四郎」ただ一人。…あの時死んだと聞いたが俺は信じておらぬ。だが生きていたとしても今は流石に死んでいるだろうな…」
韋駄地は記憶を辿る途中で「天草四郎」のことを思い出し、仙花の質問とは無関係なことを呟き出した。
「おいおい。儂はお主が何者なのかを訊いておるのだぞ。さっきから何をぶつぶつ言っておるのだ?」
さらに訊くが彼の耳には仙花の声は届かず、一気に記憶が蘇ったのかぶつぶつと独り言を続ける韋駄地であった。
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