刀姫in 世直し道中ひざくりげ 第3話 芥藻屑との戦 ノ41~43

刀姫in世直し道中ひざくりげ 鬼武者討伐編

 前にいたもう一人の男が背後の気配を感じて後ろを振り返る。

「ヒュン!」

 男は雪舟丸をしかと認識する間もなく首を刎ねられ命を断たれた。

「引っかかってくれるものだな…何とも間の抜けた奴らよ…」

「チン」

 雪舟丸はボソッと悪口を呟き納刀すると、門の外から蛇腹の様子を窺った。

 ボロ屋ばかりが並び灯りも灯っておらず、まだ薄暗いことも相まって酷く見窄らしい景観を呈している。
 とはいえ、建物などはそこらの村にあるものよりよほどしっかりしいて、道も凹凸が少なくなかなかに整備されていた。

「………行くか」
 
 人気の無いことを確認した雪舟丸は静かに蛇腹へ脚を踏み入れた…

 ちょうどその頃、仙花と蓮左衞門の二も東の門へ辿り着こうとしていた。

 前を走る脚の速い仙花に離されまいと、必死の形相で汗だくになりながらついて行く蓮左衞門。

「ハァハァ、せ、仙花様…速すぎでござるぅ」

 彼の走る速度は速くはあっても決して遅くないのだが、くノ一お銀より速いと思われる仙花にはどうやっても追いつくことができない。

 蓮左衞門が情けなくも独り言ちて間もなく、彼女は走りを止めずに弓に矢をつがえ西門へ向かって放ち、間をおかずに再び矢をつがえ素早く放つ。

 そしてやっと脚を止め蓮左衞門の方を向くと、声を出さずに身体を使い「倒した!行け!」と合図を送った。

 合図の意図を読み取った蓮左衞門は両腕を使い、分かりやすく頭上で「円」を作って応じる。

 

 合図を確認した仙花はサッと踵を返し、引き続き蛇腹の塀の外側から正門を目指し走り去って行った。

「仙花様の刀と弓の腕と来たら、全く持って恐ろしいほどの上達ぶりにござるなぁ」

 頭を矢で貫かれ、西門の傍で倒れる二人の男達を見た蓮左衞門はそう呟き、雪舟丸とは違い堂々と門を潜ったのだった。

 彼の取った無神経とも云える行動は、一歩間違えば社の見張り役に見つかってしまうところであったのだが、その難は幸運?にもお銀によって回避されることとなる…


 忍者の真骨頂である隠密行動は、集団で行動するより単独で行った方が効率的かつ効果的。それを重々承知しているお銀は自らの意思で九兵衛と離れ、身軽な単独行動を取ることが叶い軽快に崖を降りたあと、囚われた民を解放すべく見張りの居る社付近の屋根上から彼らの配置を確認し記憶したお銀。
 
 そこからは何種もの暗殺術を惜しむことなく使い、社の周辺に居た見張りの者全てを鬼神の如く抹殺していたものである。

 この為、警戒心の希薄だった蓮左衞門が見張りに見つかることはなかった訳だが、やれやれな当の本人は知る由もなかった…

見張りを一掃したお銀は、三軒並ぶ見窄らしいが大きい社のうち外側端の一軒の戸の前に立ち、周りに人気が無いことを確かめそっと戸を開ける。

「うっ!?」

 少し開けただけで漂って来た鼻のもげるような異臭に思わず声が漏れた。

「….この臭いは人の肉が腐食したものか…」

 中に脚を踏み入れたお銀はその推測が正しかったことを直ぐに知ることになる。
 何故なら、薄暗い部屋の中は間仕切りなどが一切無く、綻びだらけの畳敷の大広間に布団は敷かれておらず、畳に直接寝転ぶ四十人ほどの民衆の姿があり、部屋の右奥の角には数人の死体が積み重なっていたからだ。

「これは酷い、人が生きるような環境とはとても思えぬ…」

 そう呟いたお銀は胸の辺りから紫の布を一枚取り出し、鼻と口を覆って首の後ろで強く結ぶと、手前で小さめのイビキをかきながら眠る男に近づき手の甲をヒタヒタとあてる。

「あんた達を助けに来た。起きておくれ」

 すると男はイビキを止めハッとして目を覚ましお銀の顔を凝視した。
 男は明らかに怯える震えた声で問う。

「た、た、た助けにきたって、ほ、本当ですかい?」

「そうだ。起こして悪かったが一刻を争う。あまり音を立てずに皆んなを起こしてくれないかい?全員を起こし終えたら正門へ向かうんだ。いいね?」

 普通の正常な生活をしているならばまだしも、囚人となり、芥藻屑の連中に虐げられ続けた男にとって初めて会うお銀の素性などどうでも良かった。
 男の感情は一気に昂り、寝起きを感じさせない顔つきで大きく縦に首を振る。
 
 男が立ち上がって他の者達を起こしにかかるのを確かめた彼女は外へ出ると、隣の社に移り同じように呼びかけたのだった。

 お銀が三軒目の社を訪れた頃、全力で駆駆け抜ける仙花は正門に辿り着こうとしていた。

「二人、だな」

 正門に立つ門番二人が視界に入り走りながら弓を構える仙花。

「ビュン!」

 放たれた矢は空気を切り裂き門番の頭を見事に貫く!

「よし!あと一人!….あれっ!?あれれっ!?」

 背中の矢筒へ伸ばす手に矢の筈が触れず、慌てた彼女は矢筒を前に回し中を確かめる。

「無いっ!?くっそ~かくなる上は!」

 弾切れを悟って鞘から「風鳴り」を抜き放ったが、この矢数の誤算が戦況を大きく動かすことになる。

 門番の片棒が矢に打たれて倒れたことにより、仙花の存在に気づいたもう一人の門番が蛇腹の中へ逃げたのだ。

 逃げた男は存外すばしっこく、超の付く脚力を誇る彼女でも容易に追いつけなかった。中央社の上階に立つ仙花一行が見落としていた見張りに男が叫んで伝える。

「敵襲!敵襲だーーーっ!!!」

 男の叫び声は早朝のシンとした静けさと相まって蛇腹の隅々まで響き渡る。
 当然、男が敵の襲来を最も伝えたかった中央社の見張りには確実に届いた。

 この蛇腹に外敵が訪れるなど早々あったことではなかったが、何処ぞの山賊やらが無謀にも何度か攻め入った過去がある。その経験から見張りを立てる風習があったわけで、芥藻屑には外敵に対応する備えがあったのだ。

「カンカンカンカン!!カンカンカンカン!!」

 中央社の見張りは社二階の角にある鐘をけたたましく打ち鳴らした。

「ちっ!気付かれてしまったか…」

 あと一本でも矢が残っていれば、と悔やんだ仙花は己の備えが不十分だったことに苛立ちを覚えた。
 しかし、これから芥藻屑の賊どもが目を覚まし激しい戦闘になるは必至。仙花は道の真ん中で立ち止まり、目を瞑り大きく息を吸い込み同じく大きく吐いて息を整え己の心身を落ち着かせる。

 仙花の背後、遠くに見える小さな山の後方には淡く薄らとした陽の光が浮かび上がっており、あと半刻も経たず現れるであろう日の出を予感させた。

 そんな折、正門には遅まきながら彼なりの全力で走った九兵衛が辿り着く。

「ハァハァハァ…な、、なんとか間に合ったようでやんすねぇ…ん!?あっ!?こっち!こっちでやんすよ~っ!」

 九兵衛が走り疲れて項垂れているところへ何十人もの人の歩く音が聴こえ、音のする方へ目を向けるとお銀の解放した民衆がゾロゾロと現れ、乾ききった喉で無理やり呼びかけ誘導したものである。

 その様子を振り返って眺めていた仙花の元へお銀が近づく。

「仙花様。こちらの首尾は順調にございます。我らの存在を敵に知られた以上、貴方様に何かあってはことですゆえ手前も戦闘に参加致しましょう」

「…すまぬ。こともあろうに最後の門番を片付ける一本が不足してしまった。だが作戦がそのまま続行するぞ。逃げる民衆に追手がかかり襲われては本末転倒。お銀、其方にはやはり民衆の護衛を頼みたい」

 これを機に、彼女の側から片時も離れず戦おうと案じていたお銀だったが、仙花の言葉と口調に強固な意思を感じ取り気持ちが揺らぐ。

「….しかし……否、承知しました。僭越ながらこの甲賀の里がくノ一頭領美濃部銀。命を賭して必ずや民を護ることを約束致しましょう」

「うむ。儂には手練れの蓮左衞門と雪舟丸の二人がついておる。心配など無用だ、早よう行け」

「ハッ!」

 お銀は仙花に恭しく頭を下げると、あっという間にその場から消え去り、逃げる民衆の護衛に向かったのだった。

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