「食事会」などと言えば聴こえが良すぎるかも知れないが、実際は焚き火を囲い木や石に座って馬肉を喰らう傍目にはお粗末なものである。
しかし、村人達にしてみれば馬肉は一生に一度ありつけるかどうかというほど貴重なものでもあった。
仙花一行の面子なら、こういった雰囲気で在る場合は誰かが「酒でも呑みましょうや」と口火を切り出しそうなものだけれど、村人達の心中を考えて気を使い、誰一人としてそういった提言をする者は居なかった。
一日で常人の旅人の倍は歩いたであろう仙花一行は元より、村を襲った多大なる災難により元気を失くしていた村人達も生気を取り戻し、美味しそうに馬肉料理を食べている。
「美味い!美味いでござるなぁ♪昨夜は猪、今宵は馬肉料理にありつけるとはなんと幸せなことよ。なぁ九兵衛!ハッハッハッ〜!」
体力馬鹿の蓮左衞門は尋常でない大量の荷物を背負い歩いた疲れを一切感じさせない活力があり、豪快に肉を頬張りがら皆を元気づけるかのように笑い声を上げた。
「そうでやんすねぇ♪肉なんてもんはあっしもそうそう食べておりやせんでしたので…ん?あんさん、もしかして大怪我でもしてやしませんか?」
九兵衛の視界に入った村人の男が、ろくろく箸を動かさず苦痛に歪む顔していることに九兵衛は気付いた。
「へ、へい。実は芥藻屑の連中に斬られた腕の傷が痛むもんで…」
男のさする腕の袖には微かに血が滲んでいる。
と、九兵衛は突然箸を置き、何も言わずに荷物を置いている場所へ駆けて行った。
キョトンとする男に蓮左衞門が声をかける。
「旦那、あいつは優秀な医師にござるよ。恐らくは旦那の為に痛み止めの薬でも取り入ったのかも」
「こんなちっぽけな男のために…そうですか…有り難や…」
男は箸を置き目を瞑って手を合わせ、まるで仏様にでも感謝しているようである。
程なくして帰ってきた九兵衛は蓮左衞門の予想通り、男に痛み止めの薬を渡して飲むように勧め、己の食事を中断して腕の怪我の治療に当たった。
そんな九兵衛の様子を感心しながら眺めていた仙花が呟く。
「うんうん、九兵衛は医師に適した清い心の持ち主のようだ…」
仙花は若い年齢に似合わず、家臣の人となりをしっかり掌握しておこうと考えていたものだ。
横に座る郷六がお椀の汁を啜り終わり、仙花に重い顔つきをして話しかける。
「仙花様、此度は芥藻屑のことといい、食事のことといい、誠に感謝しております…しかしながら、手前共はその御恩に報いることができぬ現状…どうかお許しくだされ…」
「郷六、其方は未だ儂のことを分かっておらんようだのう…」
微妙に怪訝な表情をする仙花。
その表情の変化に気付いた郷六が少し焦る。
「も、申し訳ございません。手前は人心把握が少々苦手なものでして…」
「村長のくせに人心把握が苦手とは…其方、正直なのは良いがもう少し思慮深くあった方が良いかと思うぞ。まぁ、若輩者の儂から忠告されても大して心に刺さらぬだろうが…」
「めめ、めっそうもございまぬ。仙花様の人格が常人のそれと異なることくらい把握しておりますゆえ…」
「ハッハッハッ、やはり其方は分かっておらぬなぁ。まぁ良い。まずは儂に対して固く緊張して接するのはやめて欲しい。確かに儂は水戸光圀の娘ではあるけれど、儂自身は身分云々には全く興味も無いしもっと皆に溶け込みたいのだ。それと、御恩や奉公などという面倒くさい概念も一切合切不要だぞ。以上の念頭に置いてもらえれば儂はすこぶる嬉しい限りだ」
と、仙花は気さくにして簡単に論じたが、平民の郷六にしてみれば徳川御三家一角の娘に対し、立場的な概念を捨てておいそれと出来る行為ではない。
しかし、仙花の機嫌を下手に損ねたくなかった郷六は言葉を選んで返事する。
「仙花様のお考え、誠に痛み入ってございます。さすればこの郷六、頂いたお言葉を確かに頭へと叩き込みましょう」
「うむ、そうしてくれると助かる♪」
仙花は淡麗な顔を緩ませ、天使のような微笑みを見せた。のも束の間、芥藻屑に関しての情報を聴き出そうと口を開く。
「してだ。今は余り考えたくないであろうが芥藻屑について其方の知る限りのことを教えてくれぬか?儂らは飯を食いおえたのちこの村を直ぐに出て、夜明けまでには芥藻屑共の巣窟へ到達したいのだ」
「そっ、そのようなことをなされては身体を壊してしまいます。差し出がましいようですがせめて、せめて一晩だけでもこの村に留まり英気を養われた方がよろしいのではないでしょうか?」
郷六の言うことを予測していた仙花は、左隣で食事をしながら聴き耳を立てていたお銀の方を向き説明するよう目配せした。
「郷六殿のお気持ちは有り難いのですけれど我らは芥五人衆のうち三人も葬っておりますゆえ…芥藻屑の首領も明日になれば事のおかしさに気付き、またこの村を訪れるやも知れませぬ。仙花様はその前に先手を打って攻め入ろうというお考えなのですよ」
「っ!?…………………….」
お銀の説明を受けた郷六はハッとして黙り込んだ。
なるほど、確かにお銀言う通りであると思い至ったからである。
同じ日に二度もこの村を訪れた雅楽奈亜門と沙河定銀の目的は、今朝方村を急襲した折に深追いし逸れてしまった芥五人衆が一人、四谷流甲斐の探索であったではないか。ならば、首領である「鬼武者源蔵」こと韋駄地源蔵が探しに出たまま帰って来ぬ二人の探索に動くは必然とさえ思えた。
そのあと、またもや思慮の浅かった己を反省した郷六は、もはや一つの村ともといえる芥藻屑巣窟の位置を過去に一度だけ見た記憶を頼りに教え、どれくらいの早さで人口が増加しているのかは分からないけれど、総人数は三百人を超えてうち半分は芥藻屑の輩かもという予測を合わせて伝えた。
郷六は仙花一行ばかりに迷惑は掛けられないと、己を含め村人の中で戦えそうな者達の参戦を申し出たが、仙花から「わざわざ今以上の村人の犠牲を増やすは必要はない。其方らは村の復興に集中するが良い」などとあっさり断られたものである。
村人達の中には子供を連れ去られた親や伴侶を奪われた者がおり、自分らの非力さを悔やみ涙ながらに助けを求め、ほとんど物資の残らぬ社から少しでもとかき集めた食料や物を渡そうとしたが、仙花はその一切合切受け取らず、ただ「儂らに任せておけ」と微笑んで見せるのだった。
そうこうしているうちに仙花一行の「芥藻屑との戦」へ赴く準備が整い、一行の前には郷六を筆頭に村の者達全員が集まった。
村長の郷六が申し訳なさそうな顔で見送ろうとするものだから、仙花が不本意な表情をして敢えて苦言を呈す。
「別れ際にそのような顔をするでない!ったく仕方のない奴よのう。儂らは儂らのやりたいことをするだけだ。何度も言うておるが其方らが気に掛ける必要は微塵もないぞ。それに其方にはこれから村の復興という大きな仕事が待っておるのだ。儂らのことを考えてくれるなら別れ際くらい元気な顔を見せて安心させるが上策というものぞ。ほれ、無理矢理でも良いから笑顔を見せよ」
言われた郷六が強ばる顔面に力を入れ、引き攣りながらも口角を上げて笑顔を作る。
「ハ、ハハハ、こ、これでよろしいですかな?」
逆に仙花は極々自然な笑顔をして言う。
「うむ、今はそれで十分だ…おっと、忘れるところであった。蓮左衞門、例の物を此処へ」
「只今!」
返事をした蓮左衞門が小綺麗な巾着袋袋を郷六の側により手渡す。
小さな巾着袋だったのだがズシリと来る重さに郷六が驚く。
「こ、これは?」
「ちょっとした銭だ。村復興の足しにするといい」
柔かにして答える仙花であった。
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