刀姫in 世直し道中ひざくりげ 第3話 芥藻屑との戦 ノ23~25

刀姫in世直し道中ひざくりげ 鬼武者討伐編

「お前、そこまで俺達を挑発するということは死ぬ覚悟があると思って差し違えあるまいな?」

「否、お主を殺す覚悟はあるが死ぬ覚悟など微塵も無いぞ」

 先程までのひょうきんな雰囲気が消え去り、凄みを効かす雅楽奈亜門に対して平然と応じる仙花。

 己を落ち着かせようと僅かなあいだ目を閉じ、荒ぶる呼吸を整えた雅楽奈亜門が沙河定銀に目配せすると二人はほぼ同時に馬から降りた。

「定銀、お前は手を出すなよ。この娘だけは俺が斬らねば腹の虫が収まらねぇ」

「それは全然構わんけど、あとの奴らはわてが一人残らず殺ってしまってもいいのか?」

「構わん、好きにしろ」

「よっしゃ!そうさせてもらうわ」

 と、話す二人に仙花が口を挟む。

「勝手に話しを進めるのは良いようで悪いが、儂の言い分も聞いてもらえんかのう?」

「…なんだ?一騎討ちは流石に怖いのか?フッ、まぁいいさ。聞き入れるかどうかは別として、お前の言い分とやらを言うだけ言ってみろ」

 仙花は間抜けな雅楽奈亜門が口車に乗って来た。と言わんばかりにニヤリと笑う。

「では遠慮なく。貴様らなど儂一人が相手をすればお釣りがくるわい。二人まとめてかかってくるがいい!お銀!蓮左衞門!この勝負、儂に預け其方らの手出しを禁ずる!」

 この瞬間、芥藻屑の二人は呆気に取られ、村人達からは響めきの声が聴こえた。

「仙花様。敵の力が計り知れぬ状況でそれは余りにも…」

「お銀の言う通りですぞ仙花様!こういった場面では家臣の者が闘うのが定石にござる」

「いいから下がれ」

 まるで獲物を追う狩人の如き面持ちで覇気まで発する仙花に、お銀と蓮左衞門が気圧され押し黙りながら後ろへ退がった。
 お銀はもちろんのこと、蓮左衞門も幾多の修羅場を潜り抜けて来た猛者であったけれど、人に気圧されることなど滅多なに無い筈である。家臣であるという立場的なことを踏まえても、その二人を退かせた仙花の覇気には凄まじきものがあったと云えよう。

 余談だがここで一つ発覚した事実がある。
 それは仙花の頭から九兵衛の存在が忘れ去られていることに他ならない。眠り続ける雪舟丸は論外として、既に戦闘においての戦力外扱いとなった九兵衛であったが、当の本人は全く気にした様子はなく、むしろホッとしているのかも知れなかった。

 仙花の言葉で呆気に取られていた雅楽奈亜門と沙河定銀の二人が正気を取り戻す。

「…ったく、お前には驚かされっぱなしだぜ。俺はもうぐだぐだ話すのには飽きた。兎にも角にもぶった斬ってやる」

 そう言って剣を鞘より抜き放つ芥五人衆が一人の雅楽奈亜門であった。

仙花もそれに合わせ、光圀により譲り受けけた家宝、稀代の名工「吉貞」が渾身の一振りである脇差「風鳴り」を鞘から解き放つ。

「へっへっへ。小娘相手に芥五人衆が二人がかりとあっては芥藻屑の名折れもいいところだなぁ。わては高みの見物をさせてもらうとしよう」

 と、気持ち悪く笑いながらまるで忍者の如き身のこなしで社の屋根へと飛び移る沙河定銀。

 いよいよ一騎討の様相を呈した二人が互いに真剣を構え睨み合う。
 真剣勝負経験の豊富さを感じさせる落ち着いた雅楽奈亜門に対し、十六の仙花にしてみればこれが人生初めての命を賭けた勝負。の、はずなのだが、刀の構えこそまだまだぎこちなさが残っているものの空恐ろしい集中力を見せ、落ち着き払った挙動をなしていた。
 
「ほう、かなり若くしかも女だというのに見事な構えだな。折角だ。正式に殺す前にしっかり名乗っておくがいい」

 仙花が目を僅かに細め、「風鳴り」をカチャリと己の右肩付近に構える。

「我が名は刀姫こと水戸仙花!貴様ら悪党を斬るに迷い無し!覚悟せい。いざ参る!」

 言い放つと同時に雅楽奈亜門へと駆け出す仙花!

 疾風の如き速さであっという間に攻撃範囲に入り込み、達人級の剣速の一振りを繰り出す!

「っ!?」

 予想に反する速さに一瞬驚愕した雅楽奈亜門だったが、これまた驚愕の速さで咄嗟に刀で防御する!

「キッィーン」

「なっ!?」

「ビュッ!!」

 防御の一振りで仙花の風鳴りを弾き、尋常とは程遠い速さで攻撃に転じた一振り!

「シュッ!」

 その横に薙ぎ払われた剣に反応し、地面を右足で蹴り上げてかわす仙花の旅装束が切り裂かれた。

 仙花は背後を取られてはなるまいと風鳴りを地面へ突き刺し、くるりと反転して雅楽奈亜門のいる方へ構えなおす。

「あれをかわすとは大したものだ刀姫…実のところお前が四谷流甲斐を殺ったってぇ話しは俄かに信じちゃいなかったが、どうやらあながち嘘でも無いらしいなぁ…」

「葬った四谷流甲斐のことはどうでもいい。だがお主の剣速はなかなかのものだ。褒めてやろう」

 仙花の動きを見て只者ではないと悟った雅楽奈亜門が余裕たっぷりな表情で返す。

「それはそれは、才覚溢れる刀姫からお褒めに預かり光栄至極というものだ」

「ハッハッハッ!儂は『なかなか』だと言ったのだぞ。お主の剣速は確かに速い。剣の速さだけで言えば全国で十本の指には入ろうよ。しかし儂は今日『神速』なる剣技を拝んだばかりでのう。それに比べればお主の剣速など半分にも満たぬ、と云ったところであろうな」

「………..すぅ~…はぁ~…」

 継続して口にする挑発めいた言葉に対し、彼女の倍くらいは人生経験を積んでいるであろう雅楽奈亜門が大きく息を吸い込んだあと、ゆっくりと吐いて平常心を保とうと努力する。

「何処までも挑発的だねぇ。だが剣士たるものそんなもんで心を乱してはならぬが当たり前というもの…とは言え、たったあれだけの攻防で俺の剣技を勝手に軽んじてもらうってのは甚だ遺憾ではあるがなぁ…」

 と睨みを効かせる雅楽奈亜門に飄々と応対する仙花。

「自慢では無いが…否、包み隠さず自慢になってしまうのだろうが、儂の父は水戸藩随一と云って良いほどに洞察力のある人でのう。その父が申すに、儂の洞察力は父に負けず劣らず優れているということだった…だからお主の剣技に対する儂の見立てはそう外れてはおらぬと思うぞ。おおかた初撃を防御した剣速がお主の限界であろう。あの状況では咄嗟の反応に手加減を挟む暇などある筈もなかったろうからな」

 瞬く間だっだ攻防を分析し、こんこんと語られた雅楽奈亜門は肩の力を抜き、構えは取らず刀を地面へ向けている。

「…可愛い娘の戯言だと考えても、やはり気に食わねぇぜ。まるで俺の剣技を完全に見切ったような口ぶりだしなぁ。まぁ、小娘の言うことに一々腹を立てても仕方なし…何処まで己の分析が正しかったのか、自らの身体をもって得と知るがいいさ」

 と言い終え、どういった意図からか刀をゆっくり丁寧に鞘へと戻す。
 ニヤニヤした顔で静観している沙河定銀が雅楽奈亜門に声をかける。

「おいおい、亜門。まさか、まさかとは思うがそんな小娘相手に奥義を出す気じゃぁあるまいな?」

 声の主の方を見向きもせずに答える雅楽奈亜門。

「フン。俺の剣速をたったあれだけの攻防で過小評価されたとあっては速剣の名折れ。我が最速の剣技をもって葬らねばあとの寝付きが悪いだろ」

「なんだ、顔にこそ出してねぇが人の目につかね心中は怒りで煮えたぎっていたか…」

 誰にも聴こえぬよう、ぼそぼそと呟く沙河定銀であった。
 
 雅楽奈亜門が静かな一息で呼吸を整え、腰の左側につける鞘に収まった刀の柄に手を近づけ固定し、弱冠身体の重心を低めて抜刀の構えを取る。
 
 仙花に何か大事があってはならぬと集中し、固唾を呑んで一騎討ちを見守っていた蓮座衞門が助言する。

「仙花様~!どうやら奴は最近流行りの居合抜きをしようと考えているでござる!お気をつけくだされ~!」

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