お銀の話しから記憶の引き出しが一つ開いた蓮左衞門が喋る。
「韋駄地源蔵の名なら聴いたことがあるでござる。確か元々は武家の者だったらしいが、ある事件をきっかけに家と身分を失い、いつの間にやら地元から姿を消したとか。戦場で他の者を救った武勲は数多く、一騎当千の鬼神の如き強さから、『鬼武者源蔵』なる異名で呼ばれていたらしいでござるよ。その伝説的な男が賊の頭領とは….」
「おっ、鬼武者〜っ!?」
大袈裟に怯える九兵衛は、大方の予想通り「うっかり」に加えたいそうな「臆病者」でもあった。
「『鬼武者』か…如何にも恐怖を誘う異名だわい….まぁ未確定な情報は兎も角、其奴らは下総の民を苦しめる存在なのは間違い無かろう」
仙花がそう言い終えると、棒を肩にかけて走る一人の男が前方に見える。
「おっ、馬を使わず駆け足の飛脚とは珍しいでござるなぁ。各地を飛び回る飛脚なら何か知っているかもしれぬ。ここは一つ芥藻屑について尋ねてみるか」
と言っているあいだに横をすり抜けようとする飛脚に蓮左衞門が声をかける。
「そこの者!止まるでござる!」
不意に大声で呼び止められ、身体をビクッとさせてその場で足踏みする飛脚。
「お、お侍様が飛脚のあっしに何の用事でござんしょうか?」
蓮左衞門の身につけているのは旅装束というより侍の格好に近い上腰にはしっかり帯刀している。尋常ではない荷物を抱えているとはいえ、何処からどう見ても侍にしか見えないだろう。
飛脚はかなり警戒している様子だ。
それを見て取った蓮左衞門は警戒心を和らげようと、白い歯を全開にしてニカッと満面の笑顔を作る。
「いやぁ仕事中に呼び止めてすまんすまん。な〜に大した用事ではござらんよ。この地で悪名高い芥藻屑についてちと訊きたくてなぁ」
「芥藻屑、ですか?….いぃっ!?そっ、そちらの方々に尋ねた方が早いかと!ででっ、ではあっしはこれにて失礼致しやすーーーっ!!!!」
飛脚の男は青ざめた顔をしたかと思うと足早にその場を立ち去ってしまった。
「何だあの男は?脅したつもりはなかったでござるが….」
残念そうに呟く蓮左衞門の肩を九兵衛が叩き小声で知らせる。
「れ、蓮さん、後ろ、後ろでやんすよぉ」
蓮左衞門がサッと後ろを振り向くと、目の前には馬に乗り三度笠を被った眼光の鋭い浪人。その横には馬に乗ったその男に届かんとするほどの大柄な山賊風の男。さらにその後ろには同じく山賊風の男達十人が不規則に並び、仙花の一行を睨みつけていた。
間が悪いというか運が悪いというか、否、ともすれば幸運だったのかもしれないが、全部で十二人の男達は揃いも揃って芥藻屑の象徴である『下衆』の文字が刻まれた黒い布を首に巻いている。
下衆な生き方をする集団自ら「下衆」の文字を象徴として掲げる行為はある意味「潔し」と言えるのかもしれない。
されはさておき、一人だけ馬に乗り、明らかに他の者達よりも位の高そうな三度笠を被った男が口を開く。
「そこの荷物持ち。俺たちのことを聞き出したいようだったな。さて、何を知りたい?」
痩せ型な三度笠の男は掠れた重い口調で蓮左衞門を弄り話しかけた。
「おっ!丁度良いところへ現れてくれたでござる。ん~、そうでござるなぁ….お主らはこの下総の地でどのような悪事をはたらいているでござるか?それと『荷物持ち』はやめてくれ。でござる」
「くっくく…分かったよ『ござる侍』。しかし悪党を地でいく俺たちにくだらんを訊くねぇ。そうさなぁ、盗み、殺し、誘拐、放火と悪いことは一通りやってるかねぇ…おっと!ここで説教はやめろよ。俺達の悪事を止めたきゃ力でねじ伏せるんだ。無論、出来ればの話しだがな」
三度笠の男に何かを告げようとした蓮左衞門を差し置いて仙花が口を出す。
「安心したぞ。お主らを滅ぼすという儂の考えは一点の曇りなく間違ってはいなかったようだ。因みにひょっとしてお主は芥藻屑頭領の韋駄地源蔵なのか?」
「くっくく。威勢がいい上に失敬なお姉ちゃんだ。だがこの俺が韋駄地様なわけがあるまいよ。冥土の土産に教えてやろう。俺の名は芥五人衆が一人、烈剣の四谷流甲斐(よつやるがい)だ。あの世へ抱えて持っていけ」
そう言い捨てた四谷が三度笠に手をかけ道横の草むらへ投げ飛ばす。
ハッキリと現れた顔は何気に整っており、頭の黒い長髪を後ろで結んでいて如何にも浪人風であった。
四谷の動きに合わせ、横にいる大柄な男が背中から金棒を取り出し、背後の面々もそれぞれの武器に手をかける。
「もう少し話をしたかったが、それだけ殺気を放たれてはこちらも応えるしかないのう。我が名は徳がっあ!?…え〜っと、刀をこよなく愛す刀姫こと仙花!儂の名は冥土の土産にせんで良し!」
一瞬「徳川」を名乗ろうとした仙花だったが寸前で踏み止まり、なんとか言葉の摺り替えに成功して腰の脇差「風鳴り」の柄に手をかける。
互いの殺気が一触即発の空気を生み出したその時!
「仙花様!お待ちを!この場にて試したいことがございます!後ろへお下がりくださいませ!」
お銀は声を張り上げそう言うと、すかさず居眠り中の雪舟丸の背中をドッと蹴って芥藻屑の目前に差し出した!?
「チーン………….」
無慈悲にも味方から足蹴にされ、突如として前に出てきた居眠り侍に否が応でも目のいく芥藻屑の面々は、何事が起こっているのか理解できず時が止まったが如く固まる。
「なっ!?何をするお銀!?放せっ!儂は奴らの身体で風鳴りを試したいのだ!」
「試し斬りなぞこの先幾らでも機会がございます。それよりも居眠り侍の実力を測りたいのでございます」
お銀はなかなか後ろへ下がろうとしない仙花の背後に回り込み、羽交い締めにして説得しながらズルズルと後ろへ引きずっていた。
くノ一のお銀は既に把握していたのである。この面子の中で戦略を立てられる人間が自分だけだということを。
その思考に辿り着いた要因となる多くの実績と経験を持つ彼女はどうしても雪舟丸の実力を知っておきたかったのである。
「分かった分かった!もう前には行かんから放してくれ!脇が痛くて堪らん!」
「これはご勘弁を。仙花様のお力殊の外強いものですから手前もついぞ力を込めてしまいました」
と仙花を両腕を緩め解放するお銀。
彼女の意図を察した蓮左衞門が刀の柄に手を当て二人を守るように後退りする。
九兵衛はというと、危険を察してとっくに皆の後方へ移動していた。否、逃げていた。
思い掛けぬ状況を受け固まっていた四谷流甲斐が確かめる。
「おいおい貴様ら。この男は立ったまま寝ているように見えるが消してしまっても構わんのだろうな?」
「もちろん好きにして構わんさ。おやおや、まさかとは思うが、悪名高き芥藻屑ともあろう者達が及び腰になっているんじゃあないだろうねぇ?」
お銀は妖艶な笑みを浮かべ必要以上に煽って応じた。
「馬鹿を言え。突飛な状況に少しばかり驚いただけのこと。土滑(どかつ)、そいつを粉々に砕いて見せしめにしてやんな」
「合点でさぁ、四谷様。俺に感謝するんだなぁ、一撃であの世に送ってやるぞ!ふんっ!!」
大柄の「土滑」と呼ばれた男が六尺はあろうかという大金棒を振り上げ、雪舟丸を砕かんとする!
「ブゥン!」
「ドォゴォッ!!」
「なぬっ!?」
土滑の予想に反し大金棒はヒラリとかわされ空を斬って土の道を強打した。
雑魚と定義付けしてしまうのは少々心痛いのだけれど、面倒くさいので雑魚とする三人が立て続けに攻める。
「なっ!?なんじゃこいつは!?」
結果は言わずもがな、雪舟丸は全ての攻撃を寝たまま見事にかわしたのだった。しかし!
「ギイィーーーン!!!」
突如として鋭い剣線を振るう四谷流甲斐の攻撃を刀で受ける雪舟丸!
「くっくくく、盲目の侍「座頭市」かと思ったが…どうやら人違いだったようだな」
居眠り侍は眠りから目覚め、四谷流甲斐と睨み合っていた。
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