刀姫in 世直し道中ひざくりげ 旅立ち ノ14~16

刀姫in世直し道中ひざくりげ 鬼武者討伐編

「………………………….」

「….さま。….っさま。じっさまじっさまじっさまーーーーっ!」

「おっ!?おうおうおうおうおう!?」

 刀と黒い板の話していたはずがいつの間にやら記憶を遡り、一人物思いに耽ってしまった光圀。
 ぼ~っとしている元水戸藩主を前にただ黙って見ていた仙花だったが、我慢が効かずに名を呼び老体の肩を遠慮せず揺すった。
 仙花は年齢相応の華奢な体つきをしている。が、肉体的な力は怪力の持ち主である蓮左衞門を腕相撲で圧倒するほど馬鹿強い。
 身体を揺らされる光圀の頭が前後左右にカクカクと首が激しく動く玩具のように振れた。

「せせせ仙花っ!ややややめい!わわわ儂をああああの世におおお送る気かかか!?」

「おっ!戻ったかじっさま~♪」

 言葉に反応した仙花が彼の両耳に両手を当てピタッと静止させる。

 目の回った光圀が口惜しそうに言う。

「やや、い、今のは本当にやばかったかもしれぬ…僅かに底無しの三途の川を拝んだわい…」

 聞いた仙花が屈託のない笑顔をして応じる。

「それはそれは珍しいものが見えて良かったのうじっさま♪」

「良いものか!儂はお主が旅から帰るまでは何があっても死ねんのじゃ!」

「そうか、ならば儂も絶対に死ぬわけにはいかぬなぁ。じっさま♪」

 光圀の威勢の良さに比べ仙花は笑みを絶やさずご機嫌だった。
 それには勿論深くはなく浅い浅い理由がある。光圀が思いの外長いこと過去の思い出に浸っているあいだ、突然ほったらかしにされた仙花は瓢箪一杯に入っていた酒を全て一気に呑み干していたのである。
 
「まぁ良かろう…とっととお主に伝えねばならんことを伝え、明日に備えて就寝させねばな…」

 そう言って後ろに右腕を回し、一本の脇差を仙花の前に差し出した。
 脇差は美しく濃い朱色の鞘に、黒い鍔、それに真っ白な柄というとても品の良い形を呈している。

「さっき酒の席で約束した水戸家の家宝じゃ。ただの脇差と侮るなよ。こいつは使う者によれば斬鉄すらも可能な切れ味抜群の脇差じゃ。稀代の名工「吉貞」が渾身の一振りにして名を「風鳴り」と云う。儂が若い頃手に入れたものの大事にし過ぎて一度も使っておらぬがな。手入れは絶えずしてある。我が娘仙花よ。これを受け取り大切にするが良い」

 仙花の二つ名である「刀姫」は伊達ではない。小さき頃より肌身離さず刀を携帯し、毎日時間をかけて手入れもするし修練も絶やさない。そんな姿から光圀がつけたものだったが…あろうことか仙花は目を輝かせ、無意識の集中により涎を口元から垂らして家宝の「風鳴り」を受け継いだのだった。

「ありがたく頂戴しておくぞ。じっさま♪」

「うむ、嬉しそうで何よりじゃ」

 手に取った脇差「風鳴り」をサッと鞘から解き放ち、刃を目の前に真っ直ぐ突き立て興味津々で眺める仙花。

「ほ、ほほ~♪これはこれは度肝を抜かれる良業物だ。じっさまの言っておることはあながち間違いではないのう。本当に鉄まで斬ってしまえそうだ」

「こっこっこっ。そうじゃろそうじゃろ」

 光圀は皺の多い顔を益々皺くちゃにして終始柔かな笑顔をしている。
 血が通っていないとはいえ歳の離れた娘に与えたのは刀。紛れもなく敵を、人を殺傷するための道具を与えたというのにこの二人からそれは見て取れない。
 まるで歳頃の娘に美しい召し物や、かんざしやらを与え与えられたような、幸せに溢れた雰囲気があったものだ。

「ん?しかしこんな大事な物を飲み比べの褒美にするとは……もし、儂が勝たなければ蓮左衞門やお銀に渡っておったのか?」

 仙花の言い分はもっともであろう、
 自ら「家宝」と言ってはいたが、冗談ではなく正真正銘極上の刀を準備していたのだから。
 極めて希少価値の高い代物をあのようなおちゃらけた遊びの褒美にするとは…

 とここで光圀の顔から笑みが消え、大真面目な顔をして質問の答えを語る。

「儂はのう、仙花。飲み比べでお主の勝利は揺るぎないものと確信しておったのよ」

「….解せぬのう?何故十六のうら若き乙女が、しかも初めて酒を呑むというのに勝利を確信するとは…どう考えてもやはり解せぬ」

 仙花は口にした言葉通り解せぬ顔になっていた。

「…..うむ、そろそろ真実を語る頃合いじゃな。これより語るはお主の将来にも関わる話ぞ。心して聞くが良い」

「うむ、勿体ぶらずに早う話しておくれよじっさま」

 今更ではあるけれど、天下に名を轟かす水戸光圀に、このような無礼千万な口の利き方をして無事でいられるのはこの仙花を含め世に数人しか居まい。

「まぁ一生に一度の告白じゃて、そう急くでない….先ずはさっきから儂の目の前でウヨウヨさせておる風鳴りを鞘に納めよ。危なっかしくて敵わん」

 仙花は風鳴りを抜いてから一度も鞘に収めず、会話をしながら無意識に光圀へ切先を向けていたのである。

「おっと!?これはうっかりだった。隣のうっかり九兵衛のように忘れておったわ」

 余計な一言を添えて刀を鞘に納める仙花であった。

「では改めて申すぞ。勘のいいお主のことだから薄々は感じておろうが、お主はのう仙花。お主は儂や絹江に滝之助、それに他の人々とは存在意義を異にする者なのじゃよ」

「…………………………….」

 光圀の予測していた反応を示せさず、ただただ得心のいかない様子の仙花は沈黙し首を傾げる。

「どうした?思い切り合点がいかない顔をしておるのう」

「……いやいやじっさま。薄々も何も、儂は己のことをそのように考えたことは一度もないぞ」

「ほっ!?よもやそう来るとはのう…うむぅ……」

 頭の切れる光圀が仙花の思わぬ反応に言葉が途切れた。が、真実を伝える覚悟だけは固まっていた。

「良かろう。では簡単に噛み砕き率直に伝えるぞ。仙花、お主の体内には恐らく仙骨と仙血が流れておる。即ち、仙人、否、仙女になる素質を持った類稀な人なのじゃよ」

「…….なるほどのう。仙女かぁ。ならば大酒を喰らったのに全くもって平気なのは合点がいくというものだな。儂は仙女になれるのかぁ…..」

 此度の仙花の見せた反応も光圀の想定外だったが、やや嬉しそうにしている娘に安堵の表情を浮かべる光圀だった。

「取り敢えず安心したわい。拍子抜けするほど驚きや落ち込む様子など微塵もないのう。こっこっこつ。流石は我が娘じゃわい。じゃが勘違いするでないぞ。お主は未だ仙女に在らず、力を完全に発揮出来ない中途半端な状態じゃからのう」

「なにっ!わ、儂は中途半端なのか?どうやったら仙女とやらになれるのだじっさま!?」

 興奮気味の仙花が先程のように光圀の肩を揺らし頭を振らせる。

「こ、こ、れは、や、めい!」

「おっとこれはすまぬ。つい熱くなってしまったわい」

 光圀は三途の川が視界に入る前に早々と仙花を静止した。
 そしてくらくらする脳をどうにかこうにか回復させ伝える。

「良いか、お主の旅にも関係のある話しじゃ。先ずは西の松江藩にある出雲大社を目指せ。噂によればその近辺に在る洞窟には300年を超えて生きる仙人がおるらしい。其奴に会い、与えられた試練を乗り越えれば仙女になれるやもしれぬ」

「松江藩、出雲、洞窟、仙人….ん〜よし!覚えたぞじっさま!」

「うむ、まだ話しは終わっておらぬで続けるぞ。出雲で見事仙女になれたなら、そのまま西へと進み果ての薩摩藩を目指すのじゃ。だが万が一仙女となれなんだら踵を返し、儂の元へ戻って参れ」

「ん〜、またもや解せぬ!解せぬぞじっさま。仙女になれなければ帰れとは、当然儂を納得させる理由があるのであろうな!?」

 一つも得心がいかぬといった様子の仙花が遠慮なく昂った。

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