首の骨をへし折られれば普通の人間なら死に直結するであろう。その死の淵から自己治癒(復元)能力だけで復帰した匡は、以前の彼とは明らかに雰囲気が違って見える。
猛々しさがましたというか何というか、彼の身体に変化が起こり心境にも変化でもあったのだろうか。
そんな彼が顰めっ面をして、技を避け退いたカラハグに言う。
「約束と違うじゃないか。カラス」
敵への約束を破ることは確かに卑怯とも言えるが、命を賭けた真剣勝負に卑怯もクソもへったくれもあるものでは無い。と言うのもまた正論かも知れない。
だが、あれだけの啖呵を切ったのだから、匡が「この卑怯者!」と思う気持ちも当然だろう。
神妙な表情になったカラハグが訊く。
「……..貴様の能力。何か得体の知れないものを感じたが…それに以前には無かった尋常ならざる身のこなし……貴様の身に一体何が起こったというのだ?」
約束を破ったことには触れず、自信に満ち溢れていたカラス王の姿は影を潜め、えも言われ懸念に取り憑かれているようにも見える。
「神の戒告」による覚醒が発動する前のカラハグもやはり普通のカラスだった。
とはいえ、普通のカラスであった時期でもカラスの集団の中にあっては能力が高く、他のカラス達から一目置かれ、弱肉強食の世界で頂点の人間にすら怯えることは無かった。
つまりこの世に生を受けてから一度も恐怖という感情に触れたことの無かったカラハグは今、生物感知能力に付随して鋭くなった第六感的なものによって、匡の持つ得体の知れない能力に薄らながら気付いてしまい、心の奥底から望まずとも恐怖の感情が湧き出ていたのである。
「さぁてね。自分に何が起こったかは理解出来てないし、たとえ理解していたとしてもお前みたいに自分の秘密をペラペラと喋らないだろうな。ただ、お前に折られた首はすっかり治って気分は清々しいくらいだ」
匡は思うことをまるっきりそのまま言葉に出して答えた。
彼の進化は先程の攻防一つである程度把握できる。
カラハグの動体視力を持ってしても追うことの出来なかった移動速度と攻撃の所作。以前ならカウンターを受けていたたかも知れないが、今回は相手にカウンターを放つ余裕すら与えず、無意識に後退させ前言を撤回せざるを得ない状況にまで追い込んだ。
紛れもない進化と真価の現われである。
「まぁ良いだろう。だが先程の攻撃で我を仕留めるべきであったな。もはや我に油断は無くなった。貴様の勝機は完全に無くなったということだ」
恐怖を克服したかは定かではなかったが、カラス王は一瞬失っていた平常心を取り戻していた。
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