物語は、標高3,000mを超える山々の間の渓谷にある人口5,000人ほどの小さな田舎町ペタリドから始まる。
ペタリドの属するアディア王国には四季があり、今は秋を迎えて町の両側の山々は美しい紅葉で彩っていた。
渓谷の地形から町の中心には冷たく綺麗な川が流れていて、釣りを楽しむ人々の姿もちらほらと見える。
人々が生活する建物は煉瓦造りが多く、木造の建物は町全体の1割にも満たなかった。
その数少ない木造の一軒家に、今年で互いに40歳になる夫婦が慎ましく生活を送っていた。
夫の名はセト。
眉毛が濃くて目は細く優しい顔立ちをしているが、芯のしっかりした人格をしている。
職業は狩人で、毎日山に入り動物を狩ったり、木の実やキノコ、山菜などを採取して町の店舗に売り捌く。
妻の名はジーナ。
絵に描いたような美人で、結婚当初は不釣合いで勿体ないとセトは揶揄われた。
化粧をする事は少なかったが、年齢を重ねた今でもその美貌は衰えていない。
性格は裏表が無くやや勝気だが情が深く、夫に似て誰にでも優しかった。
若い頃は山に二人で狩りに行っていたが、余り身体は強い方では無かったため、セトに無理をしないよう言われてからは余り外には出ず、編み物や書き物の内職をしていた。
豊かとは言い難い生活だったけれど、夫婦は一つの事を除いて幸せに暮らしている。
その一つとは、幾ら切望しても子供に恵まれ無かった事であり、今ではすっかり諦めていた。
この日もいつもの様に仕事を済ませ、古びた木製のテーブルで顔を突き合わせて夕食を摂り、軽く酒を呑みながら雑談したあと2階にある一つのベッドに夫婦仲良く横たわる。
いつもなら時間をかけずスーッと寝られた二人であったが、今宵に限り、二人とも不思議と心がざわつき眠れずにいた。
「あなた、もう寝てしまったの?」
ジーナは囁く様な声でセトに話し掛ける。
「いいや、まだだよ。今夜は何故だか眠気が全く来ないんだ」
セトも同様に静かに応える。
「あら奇遇ね。わたしも何だか落ち着かなくて眠れないの。何故かしらねぇ…」
「そうか、もう一杯酒でも呑んでみるか。ちょっと待っていてくれ」
セトはベッドから出て、ランプに灯りを点け1階のキッチンに酒を取りに行った。
ジーナも起き上がり寝室のカーテンを開け、窓際にある椅子に腰掛ける。
程なく寝室に戻ったセトが小さいテーブルにグラスを置き赤ワインを注ぐ。
ゆっくり静かに呑みグラスが空になった頃、窓の外を観ていたジーナがある異変に気づいた。
「あなた外を観て!空から何かが落ちて来る」
セトは言われるがままジーナが直視する暗い外の方角に目を向ける。
そして微かに光る謎の物体が山の中に落ちて行くのを確認する事が出来た。
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