覚醒屋の源九郎     11~15話

覚醒屋の源九郎

おまじない

「源九郎兄ちゃん、僕たちに何かしたの?」

蓮君が聞いてくる。

「ちょっとしたおまじないをかけただけだよ」

「そうなんだ…」

 二人にスキルの発動条件である言葉を伝えなければならない。

「いいかい、今から俺が話す事を必ず実行して欲しい」

 兄妹は素直に頷く。

「葵ちゃん、帰ってからもしパパとママがまだ喧嘩してるようだったら、気持ちを込めてパパ、ママ落ち着いてと言うんだ」「わかった」

「蓮君は、パパとママの元気が無さそうな時は応援する気持ちで、きっと上手くいくよって言ってあげるんだ」

「わかったよ」

 スキル「冷静」の発動条件は相手に「落ち着いて」という言葉をかけること。「激励」は「上手くいくよ」なのだ。「冷静」の効果は相手の平常心を取り戻すことができる。「激励」は相手のやる気を増幅させる効果がある。

 どちらも気持ちの込め方により、効果の度合いが違ようだ。

 地味な効果のようだが、一つの言葉をかけられるだけで一瞬にして平常心を取り戻したり、やる気が出るのだとしたらこれは凄いことではないだろうか!?

「あとは君たち次第!勇気を出して二人で家族の絆を守るんだ!いいね!」

「ありがとう源九郎兄ちゃん、言われた通りにやってみるよ!」

「俺は同じマンションの505号室に住んでるから、困った時はいつでもおいで」

「うん、じゃあね」

 兄妹は俺のそばを離れ、マンション入り口に向かって二人並んで歩いて行った。俺の隣でミーコが笑顔で手を振りながら言う。

「蓮君と葵ちゃん、幸せになって欲しいなぁ」

「そうだな、本当に幸せになって欲しいよ」

 兄妹がマンションに入って行くのを見届けて、俺とミーコは505号室へと向かった。

生姜焼き

 マンション自室の鍵を開け、俺達は部屋に入る。

 部屋に入ってすぐに身体が重くなるのを感じた。今までに経験した事の無いことばかりあったおかげで、俺はかなり疲れているようだ。そのままリビングの床にうつ伏せに倒れ込む。

「お疲れ様〜源九郎、今日は頑張ったねぇ」

「お、おう」

 どうやらミーコは俺を労ってくれているようだ。

 ミーコへの質問を山ほど準備していたはずだが疲れからか頭が回らず出てこない。

「まずは腹ごしらえといきますか…あれ!?ケット・シーって食事をとったりするのか!?」

「人間みたいに一日三食的な習慣は無いけど食事はとってるよ〜」

「一応聞くが好物ってなんだ?」

「ん〜やっぱりネズミの丸焼きかなぁ、カリッと焼いたのが特に好き〜」

 やはり人間とは違う、ほぼ予想通りの返答だった。

「逆に嫌いな食べ物は無いか?」

「特に無いよ〜」

「OK、飯を作るからちょっと待ってろ」

「あ〜い♡」

 俺は冷蔵庫から食材、棚から必要な調味料を取り出し料理を始める。

 一人暮らしが長いおかけで、料理の腕前にはちょっと自信があるのだ。

 ミーコは部屋を見回して何やら物色している。

 20分ほどで料理は終わった。

「ミーコ出来たぞ〜取りに来てくれ」

「あ〜い♡」

 まるで家族にでも呼びかけるように言葉が出る。俺ってこんな順応性高かったっけ?

「ほれ、豚の生姜焼きって言うんだ!」

「良い匂い〜♡生姜焼き美味しそ〜♡」

 出来た料理を二人でテーブルに運ぶ。

「いただきまーす!」

妖精系のケット・シーが箸を使うとは全く思っていなかったが、案の定勢いよく手掴みで食べ始めた。「な、な、なんじゃこりゃ〜っ!?美味しすぎる〜っ!」

 ミーコは目をキラキラ輝かせて引くほど旨そうに食べている。

「喜んで貰えて嬉しいよ」

 と言ってる間にミーコは食べ終えてしまっていた。

「ぷは〜っ!ごちそうさま〜っ!ネズミの丸焼きの10倍は美味しかった〜♡」

 満面の笑顔でこれだけ褒められると、作り手としては感無量と言わざるを得ない。

 俺も程なく食べ終わり、食器を洗って片付けて椅子に腰掛ける。

 腹も満腹になり、落ち着いたところで猫娘から色々聞き出さなければならない。

 ミーコは昭和に初めてTVを見た人類のように、いや、それ以上に興味津々でTVに魅入っていた。「ミーコ〜夢中になってるところ悪いんだが、こっちに来て俺と話しをしてくれないか?」

 妖精の猫の娘は、かなり口惜しそうにしながらトボトボと歩き俺の膝に上にチョコンと乗っかって来たのだった。

本題

 人間の子供も可愛いが、猫娘はもっと可愛いいのではないか!?などと考えている場合では断じてない!本題に入らなければ…

「まずは、“婚姻契約みたいなもの”と言っていたが、詳しく教えてくれるか?」

 婚姻はほとんどの人にとっても重要な事であると思うが、俺の人生でも例外ではない。

「ん〜、厳密に言うと人間界での“婚姻”とはもちろん違うよ。でも命を懸けた契約である事は間違いないかな〜」

「命懸け!?そんな重い契約を俺の同意なく一方的に結んだのか?」

「そこはごめん、あちし(私)との契約はもはや“天災”って言うのは嫌だけど、“抗えないもの”だと理解して欲しい」

「運が無かったという事か…」

「まぁそういうことなんだけど。“運が無かった”というのはちょっと酷いんじゃないかなぁ…」

 ミーコを少し傷つけてしまったようで、モジモジして俯いてしまった。

 大失態だ…俺は数時間前まで自暴自棄になっていたではないか!ミーコとの出会いがあったからこそ、人助けしようという気持ちになり、ささやかな幸福感を持って夕食を美味しく食べられるまでに回復したではないかぁぁ!

「本当にごめん!今日はミーコに救われた。逆に運が良かったのかも知れない」

 ミーコに見えていないが、俺は深々と頭を下げ謝った。

「うん、許す♡」

 あっさりと笑顔を取り戻した猫娘は、こちらを振り向き抱きついて来た。

「良い機会だからあちしのスキルを一つお披露目するね〜」

「メタモフォシス!」

「ポワン」という擬音と共に煙が出て視界が見えなくなったかと思うと、膝上のミーコが急に重くなり、首元に何やら懐かしい極上の柔らかさを感じた。

 煙が晴れ、目に飛び込んで来たのは大人の姿のミーコだった。面影は残しつつ、見事に「可愛い」から「美人」に変貌を遂げている。

「どうかなぁ?大人のあちし♡」

「美人で素敵…だな」

 素直に言葉が出るほど見惚れてしまった。

 (ピンポーン)このままだと俺の理性がががというところで、部屋に来客を知らせる呼び出し音が鳴り響いた。

蓮君と葵ちゃん

 ボーナスタイムを中断させたのは何処の誰だ!俺は離れたくないミーコのそばから離れ、インターフォンまで重い足で歩く。

「はい」

 少々ぶっきら棒に出る。

「こんばんは、蓮です」

 公園で別れてから1時間くらいしか経っていない、俺は驚いて返事をする。

「蓮君か!こんばんは、ちょっと待ってて!」

 早速何か進展があったのか!?それとも悪い方向で完結してしまったのか?期待と不安を抱えながら玄関へと向かいドアを開ける。

 入り口に蓮君と葵ちゃんが、さっきは見せなかった満面の笑顔で立っていた。表情から察するに悪い知らせではないだろう。

「やあ、二人とも良く来たね」

「あのねあのね、早く源九郎兄ちゃんに知らせたくて来ちゃったんだ〜」

 葵ちゃんかなり元気そうだ。

「立ち話も何だから上がってくかい?」

「ううん、パパとママが二人で夕食を作ってる間に話そうと思って来たから」

「これパパとママが源九郎兄ちゃんに持ってけって」

 蓮君が高そうなメロンを差し出して来た。

「源九郎兄ちゃんのこと話したら、パパとママがお礼にって」

 見返りを期待しての事では無かったから、一瞬受取りを拒もうとしたが、子供達の気持ちを考えありがたくいただいた。

「ありがとう蓮君、葵ちゃん。ところで、その様子だと良い方向に進んだのかな?」

 葵ちゃんが話し出す。

「あのね、帰ったらパパとママがまだ口喧嘩してたから、源九郎兄ちゃんに言われた通りパパとママに言ったの!そしたら二人とも急に大人しくなって不思議そうな顔をしてた」

 続けて蓮君が話し出す。

「そのあと僕も言われた通りに言ったんだ。そしたら二人とも久しぶりに笑ったあとパパが言ったんだ…」

「何て言ったんだい?」

「パパの実家に帰って一からやり直そうと思うんだけど、みんなついて来てくれるかい?って」

「ママは何て言ったの?」

葵ちゃんが答えてくれた。

「ママはね、泣きながら嬉しそうに、もちろんよ、パパ。って言ってた」

「そっか、きっとママもずっと苦しかったんだろうね。でもいつ頃引っ越すの?」

「善は急げで、来週中には引っ越すんだって」

「おっとぉ、また急だね」

「家族のためには早い方が良いんだ。僕と葵は転校があるけど頑張るよ!」

「二人とも偉いね」

 俺は二人の頭を同時に撫でた。

「じゃあ夕食があるからそろそろ帰るね」

「お、そうだな、二人とも元気でね!」

「ホントにありがとうございました!」

 子供たちは律儀にお辞儀して、両親の元へと帰って行った。

覚醒屋

「また泣いてるのか?ミーコ」

「今度は嬉し涙だよぉぉ」

ずっと後ろで聞いていたのだろう、子供の姿に戻ったミーコは泣いていた。

「俺さぁ、手に入れた“無限覚醒“使って仕事にしようと考えてるんだけどどうかな?」

ミーコは涙を拭きつつ、

「良いアイディアだけど、どんなお仕事にするの?」

「ストレートに人助けの”覚醒屋“」

「ダメだね!」

「え!?何で?」

 まさか否定されるとは思わなかった。

「あのね、源九郎のスキルはS級で、しかも”ユニーク“が付く特別すぎるものなの」

「特別なのは分かった。でもだからこそなんだが」

「分かってないなぁ、特別すぎるスキルは利用価値が高い。だから存在が人間を含めた幾多の種族に知れ渡ったら、源九郎が狙われて命の危険性もかなり高くなるという事なの」

「ああ、なるほどね。リスキーなのも分かった。なら、スキルの存在を知られないようにすれば良いんだな?」

「そうだけど、何か考えでもあるの?」

「表向きは“人生相談所“って事にして、分からないようにスキルを使った覚醒屋をやるってのはどうだ?」

「”人生相談所“ねぇ…」

「どうかな?」

俺はミーコの顔を覗き込む。

「まぁ源九郎も働かないといけないしなぁ。でもバレないように気を付けてね!」

「よし決まり!」

 ミーコと出会ってから手に職まで付いてしまった。疲れたけど何て素晴らしい日なのだろう!

「備えあれば憂いなし!今日のうちに源九郎自身の覚醒をしよっか〜」

「お、OK!どうしたらいいんだ?」

「自分の頭に手を添えて、後のやり方は同じだよ」

 早速とりかかる。”身体能力UP“、”知力UP“、”妖刀村正“の3つが出て来た。

 “妖刀村正”にも惹かれたが、やはり現状で一番自信の無い身体能力の補填のため、“身体能力UP”を選択した。

「ウェイク!」

 間違いなく俺の身体に変化が現れた。全身が筋肉質となり、今までに感じたことのないエネルギー的なものが溢れるようだ。

「クックックッ、今の俺なら野生の熊にも負ける気がしないなぁ!」

 などと漫画的なことを言ってみた。

「ついでに説明しとくと、このスキルはいくらでも重ねがけが可能なの!ここが“無限”たる所以だよ」 

俺の言葉をスルーしてミーコは続ける。

「でもでも次のスキルは何が出るか分からないし、同じ相手を覚醒するには最低1週間の期間をおかないとダメだから注意してね!」

「了解!」

 スキルを使用して数分後、またずっしりと身体が重くなり疲れを感じた。これがスキル使用の負荷ってやつか。

 俺とミーコは当然(残念ながら)別々に風呂に入り寝る事にした。ミーコが風呂に入った時に叫び声を上げて風呂場に駆けつけたが、その話しはいずれ語るかも知れないし語らないかも知れない。

 ベッドに横たわり、ミーコが言っていた「使い方によっては神の能力に匹敵する」という言葉を思い出していた。

「明日は“運動能力測定”でもやってみるか…」

 話しかけたが、ミーコは俺の寝ている上に丸まってスヤスヤと眠っていた。

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